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幸せ家族製作所

2007年某月某日 不幸な少年をどうしても幸福にしたくて作りました。

2024'11.16.Sat
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2007'07.10.Tue


 シュナイゼルは不機嫌だった。
 ここ数日ずっと不機嫌であるのだが、その理由がまた自分でも気に入らないものなのだ。
 彼はこつりとカレンダーを叩く。彼の書斎にあるその卓上カレンダーはどこぞの誰かが贈ってきたもので、なかなかに趣味の良いフォトフレームのような木の枠が同じく木製のデスクに合っていて、くれたものの顔は覚えていないが気に入っている。
 そのカレンダーには小さくしるしがついている。
 仕事の予定に関しては、全て手帳に記してあるので、このカレンダーに書き込んであるそれは、ごくプライベートなものだ。そしてその「10」のところには文字の書き込みはないのだが、小さく目立たないようにしるしがつけてあった。
 忘れるはずもないのだが、ついつけてしまったそれを、実はシュナイゼルはこっそりと楽しみにしていた。
 だが、事態は珍しくも彼の思うとおりに進まなかった。
 基本的に、さまざまなことにとても優秀であるシュナイゼルは、先を見通す能力に長けている。それは彼が受けてきた教育に拠るところも大きいのだが、とにかく多くの物事は彼の予想通りに運び、彼はそれを当たり前のこととして受け入れてきた。
 だが、最近どうもそれに当て嵌まらない存在が出てきてしまったのだ。
「……あの子は、本当に分からない」
 眉を寄せて溜息を吐くシュナイゼルの言葉が指すのは、先日彼が養うことになった子供だ。
 その子供の名は、枢木スザクと言う。
 いろいろと複雑な子供ではあったが、シュナイゼルは彼をとても気に入り、放っておいてはいろいろと面倒を抱えることになってしまうスザクを引き取った。
「家族」と呼ぶにはぎこちなさすぎるが、それでもそれなりに慣れてきたとは思う。
 思うのだが。
 どうにも彼の考える「普通の子供」の思考回路からずれている彼の考えることは、シュナイゼルには常に難解だった。
(出会ったばかりの頃はそうでもなかったはずなんだが――)
 両親を失くしたせいか、抱える複雑な状況のせいか、それとも単にやはり他人に世話になっているから申し訳ないとでも思っているのか、やたらと素直なようでいて素直でない、あまり子供らしくない子になりつつあって、シュナイゼルは実はかなり困っていた。
 自分の呼び名が「俺」から「僕」に変わったのはいい。むしろ立場的には歓迎すべきだろう。
 だが、自分のことに無頓着に過ぎるのはどうだろう、と思わざるをえない言動には頭を悩まされる。
 ――今回も、その典型だった。
 彼を引き取る際、さまざまな手続きを踏み、当然その間目にした書類のいくつかに、彼の「生年月日」なるものがあった。そんな簡単な数字の羅列は、シュナイゼルなら一度目にすれば忘れない。
 だから、しっかりと覚えていた……のだが。
「普通、こう、誕生日と言えば、どこかいつもと態度が違ったりだとか、それでなければ自分で口にしてみたりするものじゃないだろうか」
 数日前だとか。
 当日でも構わないが。
『実は今日、僕の誕生日なんです』くらい言ってもいいんじゃないだろうか。
 ……いやまあ、正直似合わないのだが。
 スザクがそんなことを口にする姿を想像してみて、シュナイゼルは軽く首を振る。
 が、似合うだとか似合わないだとかそんな問題ではなく……どうせ、シュナイゼルがそんなことを知っているとスザクは思ってはいないのだ。だというのに、主張することすらしない。
 親しい間柄の友人でも、相手の誕生日を知らずに過ごしてしまえば、後から後悔してしまうだろう。ましてや自分たちは、まがりなりにもこうして一緒に暮らしているというのに。
 はあ、とシュナイゼルはもう一度溜息を吐く。
 朝起きてから、先程帰ってきて宿題をすると部屋に入っていくまで、本当にいつもと何も変わらなかった。
 一言だけ言ったのは「今日は家でお仕事なんですね」だけだ。
 ――何故今日は外での仕事を全て断ったと思っているのか。
 いや、断ったなどと言ったわけではないので、それを察しろというのは無理かもしれないが、それでも察して欲しいというのがシュナイゼルの気持ちだった。
 かちゃかちゃとキッチンの奥から聞こえてくるのは、ハウスキーパーが料理を作っている音だ。
 彼女には今日はスザクの好物を作るよう、シュナイゼルは頼んである。
 せめてそれを見て察してくれるのなら、まだいいのだけれど――どうにもそれは楽観的に過ぎる願望であるような気がしてきた。
 だが、今になって「誕生日おめでとう」などと、何も言われていないのに自分から言い出すのも複雑な気分だった。
 だから、できればスザクに気付いて欲しい、とシュナイゼルは切望していた。
 もしかして自分の誕生日だからですか、と言葉に出さないまでも顔に出してくれれば、きっかけがつかめるというものだ。
「………………」
 そこまで考えて、シュナイゼルはまた重い溜息を吐いた。
 ――こんなことで苦悩しているなどと、自分を知るものたちには絶対に知られたくないものだ、と。


「ごちそうさまです」
 スザクは日本人のしぐさで、手を合わせて言った。
 とても美味しかったです、と笑う顔は子供らしいものだ。食器を重ねて流し場に持っていって、ハウスキーパーの女性にもお礼を言う。「どういたしまして」と言った彼女は、シュナイゼルに複雑な視線を向ける。
 話には聞いたから、彼女もその可愛らしい子供に「誕生日おめでとう」と言ってやりたいのだろう。だが、シュナイゼルはあえて、スザクから何も言い出さなければ、それを口にしないで欲しいと彼女に頼んでいた。
 そしてスザクはそのことについて、未だひとことも発してはいない。
 ……つまり、シュナイゼルの期待は裏切られ、あまりよくない予想が当たってしまっているという状況だった。
 自分の分の食器まで片付けるスザクを眺めながら、シュナイゼルはこっそりと息を吐く。
(スザクは、私に祝って欲しくないのか)
 他愛もない、けれど心情的には切実な問題だった。
 片づけまで終えて「では」と帰っていったハウスキーパーを見送って戻ってきたスザクは、ぱたぱたと動いて「風呂」の準備を始める。
 習慣としてあまり湯船につかる、というものがなかったのだが、最近はそれが習慣に変わった。「えぇ!?入らないんですか?」というスザクの言葉に触発されて、風呂を改造してしまったのだから、よく考えるまでもなく自分は相当この子供を気に入っているのだろう。
 大き目の風呂を作って、顔を真っ赤にして湯船につかる子供を見ているのはなかなか楽しい。
 お湯の流れる音を聞きながらそんなことを考えていたシュナイゼルは、はっと我に返る。
(……もう少しで今日も終わってしまうんだが)
 そろそろ九時になってしまう。
 あと三時間足らずで7月10日……つまりスザクの誕生日は終わってしまうのだ。
「お風呂、もう少しで入ると思いますから」
 笑顔で言う子供の姿は、いつもと何も変わらない。
「…………」
 シュナイゼルは呆れたような目でスザクを眺め、そして苦い笑いを漏らした。
「どうかしましたか?」
 不思議そうな顔に、こちらに来いと手招きをすると、素直に歩み寄ってきた子供が椅子の横で自分を見上げる。腹立ち紛れにその頬を軽く両側から引っ張ると、スザクがふにゃふにゃと何かを言う。
 その声と表情が思いの外面白く、やっとシュナイゼルは少しだけ胸のすく思いを味わった。
 折角用意したプレゼントが無駄に終わるのも業腹だ。
 これ以上勝ち目のない我慢をしていても意味はない、とようやくシュナイゼルは諦めた。
 まだ痛いのか、涙目で頬を押さえるスザクに笑みを向けて、尋ねる。
「今日は一体何の日だ?」
「……え?」
 きょとんとした表情は、可愛らしく間抜けなもので、シュナイゼルは脱力してしまった。
「今日は何月何日だ?」
「え、と――その、7月、10日、です」
 そろそろシュナイゼルが何を言いたいのか、スザクも気付き始めたらしい。言葉がところどころ途切れて「どうしよう」という言葉が顔に描いてあるかのような表情になってくる。
「今日は一体なんの日だ?」
 にこりともう一度問い掛けると、見上げていたスザクの顔がだんだんと下がっていく。
 その顔の中で、表情だけが伺うように自分を上目遣いで見上げてくる。その様は、眺めている分にはしゅんとした子犬のようでなかなか可愛らしかったが、この期に及んで口にするのをためらっているその様子は、ひょっとして相当強情な子供なのだろうかと思わずには居られない。
「え、と……」
「私が知らないと思っているのか?」
 にこりと微笑むと、スザクの顔が困ったような表情を浮かべる。
 自分から言った方がいいぞ、と言うとやっとあきらめたようにスザクはその言葉を口にした。
「……僕の、誕生日です」
「そうだったのか、知らなかったな」
「………………」
 さっき知らないと思っているのか、と聞いてきたのに、とその目が訴えて来る。
「おや、どうかしたか?」
「……怒ってらっしゃいます……?」
「怒ってなどいないぞ?」
 にこりと笑えばそれはうそです、と返ってくる。
 全く、とシュナイゼルは思ってしまう。こちらの感情の機微にはそれなりに聡いのだ。だが、あくまで機嫌の良し悪しが分かるだけなのだ。
「うそだというのなら、何故私が怒っているというのか分かるのか?」
「え、それ、は……」
 途端に言葉に詰まるのは、分かっていない証拠だ。
 はあ、とあからさまな溜息を吐いてみせたシュナイゼルは、もう一度スザクの両頬をひっぱる。
 面白い顔と、面白い声。柔らかい頬は手触りも良く弾力もある。ふむ、癖になりそうだなとシュナイゼルは考えながら、悪戯のようにそれを何度か引っ張って、離した。
「まったくお前は」
 呟いて、赤くなった頬を撫でているスザクの髪を掻き混ぜる。
 どう言えば分かるだろうか、とシュナイゼルは考えていた。
「お前には大事な人間は居るか?」
「はい」
 迷いなく答えるスザクに、シュナイゼルは思わずその中に自分が入っているか尋ねてみたくなったが、なんとなく怖いのでやめておく。
「お前は、その相手の誕生日だとか、何か祝うべきことがあったときに、自分も祝ってやりたいとは思わないか?」
「思います……」
「他の人間は知っているのに、自分は教えてもらえずに祝ってやれなかったら、どう思う?」
「……多分、寂しい気持ちになります」
 頬を押さえながらスザクは、俯いてしまう。
 その顔を挟み込んで持ち上げ、自分と向き合わせる。いつも鮮やかな緑を見せてくれる瞳は、寄せられた眉の下で暗く沈んでしまっていた。
「……正直、私も同じ気持ちだ」
 寂しいという可愛らしい気持ちよりは、腹立たしい気持ちのほうが強かったが、ということは言わずにおく。
 目をしばたかせて泣きそうな顔をみせるスザクに、これは半分だけしか理解されていないだろうな、と苦笑しながら、挟み込んだ顔を引き寄せてその額に口付けを落とす。
「ぅ、ひゃ……!?」
 おかしな声を漏らすスザクに思わず口元が笑みを刻む。
「私は、お前の誕生日を祝いたいと思っていた。そしてお前には私に祝って欲しいと思って欲しかった。……だから、お前が自分の誕生日を言い出してくれるのを待っていたんだがな」
「え……」
 目をぱちくりさせているスザクに、伝わりにくいか?と苦笑する。
「お前のことは大切な家族のようなものだと思っている、という意味だ」
「…………」
 驚きに見開かれた瞳が、ふにゃ、という擬音が似合うような表情になるにしたがって涙を湛えていく。
 それが溢れそうになったところで、スザクが小さく小さく、呟いた。
「……俺……ごめん、なさい……」
 嗚咽交じりのちいさな声が、そんな図々しいことしちゃいけないと思っていました、と途切れ途切れに呟く。泣き出したスザクを膝の上に抱え上げ、シュナイゼルは世話のかかる子供だ、とできるだけ優しい声で言った。


「えっと……これ……?」
 スザクが戸惑ったような声をあげる。
 彼が指差す先には、大きな生き物……の模造品があった。
 いや、模造品というほど似てはいないそれは、さわり心地のよさそうな「ぬいぐるみ」というものだ。一瞬虎か何かだろうかと思ったのだが、単に虎猫を巨大にしてあるようであり、その時点でスザクの目から見ても、相当可愛くない代物になっていた。
「猫が好きだけど、あまり好かれないと言っていただろう」
「いえ、それはそうなんですけど……」
 それにしたってなんでぬいぐるみなんだろう、とスザクはなんと言っていいかわからずに微妙な表情になってしまう。
「お前と同じ年頃の子供に尋ねたら、だったら猫のぬいぐるみでもプレゼントしたらどうだ、と勧められてな。小さいよりは大きいほうがいいかと思ったんだが」
 大きければいいというものではない気が、とスザクは思うがそれが純然たる好意だと分かっているのでなかなか口にしづらい。
「子供はぬいぐるみが好きなのだろう?」
 スザクの表情に気付いたシュナイゼルが尋ねてくる。
 お前は嫌いなのか、と。
 スザクは「う」と言葉に詰まる。
 彼の頭の中には、今回のことでシュナイゼルにひどく申し訳ないことをしてしまった、という気持ちがあった。その気持ちが、正直な感想を口にすることを躊躇わせた。
 ――折角用意してもらったプレゼントなのに、嬉しくないなんて申し訳ない、と。
 にこ、とどこかぎこちない笑みをスザクは浮かべる。
「好き……というか、その。嫌いではないというか……嬉しい、です」
「………………そうか、それはよかった」
 シュナイゼルは笑みを浮かべる。
 スザクのあまりにも微妙な表情に、勿論シュナイゼルはそれが素直なスザクの感想ではないと分かった。そういえば、と今更ながらに思い出してみる。どうにもシュナイゼルの中で彼は7,8歳くらいというイメージがあるのだが、今日で11歳になるのだな、と。
 よく考えてみるまでもなく、11歳の少年が猫のぬいぐるみを貰って「嬉しい」と喜ぶはずもない。
 明らかに無理をして笑っているスザクに、また要らぬ気をつかっているな、と呆れてしまったが、これはこれで結構面白いか、とスザクとぬいぐるみを眺める。来年は年齢相応のものを贈ろう、と思いながらも自分のベッドから拾い上げてそれをスザクに手渡す。
 自分の身長ほどもあるそれを、引き摺ることも出来ずに抱えるスザクの姿は、思わず笑みが漏れるほどに愛らしい。
「では、大切にしてやってくれ」
「――はい」
 シュナイゼルの言葉に、スザクは今度は真剣な顔で頷く。
 嬉しいかどうかは別にして、そこには自分が与えたプレゼントに感謝して、大切にしようという気持ちが感じられて、シュナイゼルはもう一度微笑む。そして、ぬいぐるみに埋もれそうになっているスザクの頭を撫でた。
「来年は、一緒に選ぶのがいいな。そうしたら、お前が欲しいものがプレゼントできる」
 今年はそれで我慢してくれ、とお前の考えくらい分かっているとばかりに言うシュナイゼルに、何か言葉を返そうと顔を上げたスザクは、諦めたように息を吐く。
 だが、それでもこれだけは、ともう一度顔を上げて、はるか上空にあるシュナイゼルの顔を見上げて、彼の名前を呼ぶ。
「あ、の。ありがとうございました」
 本当に。
 本当にすごく嬉しかったです。
 そう真面目な顔で言ったあと、やや照れてしまったように俯いたスザクに、シュナイゼルは思わず苦笑してしまう。
 ぬいぐるみごとスザクを抱き上げて、この上ない笑みを彼に向ける。
「お前は、人をたらす才能があるな」
「たらす?」
 大きな目を不思議そうに丸くする少年を眺めながら、シュナイゼルは笑う。
「そんな風に言われたら、これからもずっと祝い続けてやりたくなる」

 来年も、再来年も、その次も。
 お前が生まれてきた特別な日に「おめでとう」と、ずっと。ずっと言い続けていきたいと。そんなことを思ってしまう。

「あ、の。そんなつもりじゃ……」
 真っ赤になって照れるスザクに、心の内で問い掛ける。
 お前は、知っているだろうか、と。
 私は、誰かにこんな気持ちになったことなどないということを。
 笑っていて欲しい、ではなくて。自分が笑わせてやりたいと、そんな風に思い、そして未来を望むなんていう気持ちを抱いたのは初めてで。らしくもなくいろいろと自分も戸惑っているのだと。
 それくらい、特別なのだと。

「Happy Birthday,Suzaku」

 甘く、優しく、慣れた母国の言葉で囁く。
 物慣れないこの感情は、それでも甘く心地よい。腕の中の子供が笑っていてくれることが、嬉しい。
 願わくば、この先何度でもこの気持ちを抱きたい。
 そう願いながら。


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スザク誕生日ネタ。
不機嫌はどこにいったんでしょうか、シュナ様。いんです、誕生日なんだから。
結局書きおわったのは、日付をふたつも越えてしまってからですが、なんとかこれでお祝いです!スザクが大好きです!(分かったから)
最後までお付き合いいただいた方、本当にありがとうございました。
次も祝えたらいいなあ、と思いながら。これにて。

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