幸せ家族製作所
2007年某月某日 不幸な少年をどうしても幸福にしたくて作りました。
2007'03.10.Sat
イヤだ、と叫んだ。
そんなの間違ってる、嫌だ、と。
「もうそれしか道は残っていない」
そんな風に言われても、納得などできるはずがない。だから、叫んだ。そして、止めようと思った。
「お前に何が分かる!!」
殴られて、それでもなんとかしたくて必死だった。
耳障りな、ブレーキの音。
真っ白に目の前がライトの光で覆われる。前の座席を覗き込もうとしていた俺は、振り回されるように後ろの座席に転がった。
――覚えていたのは、そこまでだった。
「この子供は?」
すぐそこで聞こえているのに、どこか遠い声が耳に入ってくる。
「枢木スザク、というらしいです。もう1台の方・・・・トラックの方ではなくて、もう1台の車に乗っていた子供です。亡くなった二人の子供らしいんですが、どうもその、ひどいショックを受けているようで、一言も話さないんですよ」
その声は、先程からずっと自分に話しかけている声だ、とスザクはどこか遠くで考える。
頭が、がんがんと痛んだ。
どうして・・・・どうして自分は生きているんだろう。
お父さんとお母さんは、死んでしまったのに。どうして自分は生きているんだろう。
頭の中は、その言葉だけでいっぱいだった。
「スザク!?」
聞き覚えのある声が、自分の名を呼んでいるのが聞こえた。
「スザク、さん・・・・?」
もう一度、今度は震える声が自分の名を呼んだ。
スザクはゆるゆると顔を上げる。
目の前に居たのは、彼のよく知る二人だった。
ルルーシュとナナリー。
同じ学校に通い、とても仲の良かったルルーシュと、その妹のナナリー。ここしばらくいろいろあって学校には行っていなかったが、その間も連絡をくれていた、友達。
その声に、からからに乾いた咽が、やっと言葉を思い出したように音を出す。
「ル、ルーシュ?」
なんでここに、と聞こうとしてその目が真っ赤なことに気付く。
「どう、したの・・・・?」
尋ねると、その目が伏せられる。よく見るとナナリーの目も真っ赤だ。
隣から、先程からずっと話しかけてきている男の人の声が聞こえた。そういえば確か警察の人だと言っていたことをスザクはふと思い出した。
「こちらの二人は、君のお父さんの車と事故を起こした人のお子さんだよ」
「え・・・・?」
一瞬、言われている意味が分からなかった。
ルルーシュとナナリーに視線を向けてから、もう一度その男にスザクは顔を戻す。
「彼等のお母さんも、亡くなったんだ」
「・・・・・・・・」
まだ、涙の跡を残す二人の顔を、スザクは呆然と見詰める。
何を言われたのか、もう一度反芻する。
(お父さんと、事故を起こした・・・・?)
(その人も、亡くなった・・・・?)
(それが、ルルーシュと、ナナリーの、おかあさん・・・・?マリアンヌ、おばさん・・・・?)
ひとつひとつの言葉をどこか虚ろな頭で繰り返して、やっとその全てが繋がる。
「・・・・・・・・っ、ぁ・・・・・・・・っ!」
咽が、引き攣るように声が出ない。
叫びたかったのに、言葉にも声にもならなかった。
何が起こったのか、何をしてしまったのか、やっと分かった。
俺と、父さんが。
ルルーシュとナナリーのお母さんを、殺してしまった。
**********
突然のその訃報に、シュナイゼルは呆然とした。
マリアンヌが死んだ、と。
父が駆けつけられない・・・・駆けつけないことは分かっていたから、シュナイゼルは直ぐに連絡があった病院に向かった。この地で他に彼らに身寄りがないことは知っていた。駆けつけられる中では、自分が一番近くに居ることも。
――あの父の数多い愛人の中では、マリアンヌはひどくまともな人だった。
強く美しいその人の在り方には、シュナイゼルも敬意を抱いていた。
(そういう人物ほど早く亡くなるというのは、皮肉なものだな)
まだどこかその「死」というものに遠い感情しか抱けないまま、シュナイゼルはそこに向かっていたのだ。
「シュナイゼル義兄さま・・・・」
病院の安置室の前にあるベンチで顔を覆い、兄にすがりついて泣いていた少女が、シュナイゼルに気付いてその名を呼ぶ。
はっと気付いたように顔を上げた兄・ルルーシュの目もひどく赤くなって、ずっと泣いていただろうことが分かった。
「何故、あなたが?」
かすれたような声は、それでも警戒心に溢れている。
それも仕方のないことだろうと思うが、ここまで来てこれでは、手が差し伸べにくくなってしまうとシュナイゼルは苦い思いを抱く。
それもこれも全て、あの馬鹿父のせいだ、と。
「連絡が来たからに決まっているだろう」
「――あなたには、関係ないはずでしょう」
見上げてくる顔は、まだ泣き濡れている。
溜息と共にシュナイゼルはしゃがみこみ、その頬を拭った。
「お前たちは、私の義弟と義妹だ。それだけで充分だろう。それに・・・・あの人をきちんと弔って差し上げないといけないだろう?」
出来ることは手伝ってやる、と。
そう告げると、唇を噛み締めたルルーシュは、それでも小さく頷いて涙を零した。
事故のことでいくつか確認を、と警察官に言われたシュナイゼルは、ルルーシュとナナリーを伴って薄暗い待合室へと足を運んだ。
深夜であるために患者は居なかったが、ひとりだけ一番隅で震えながら座っている子供が目に入った。頭や腕に包帯を巻いているので怪我をしていることは直ぐに分かったが、何かにひどく怯えているように見えた。
そちらに向かって歩き、すぐ傍で「座ってください」と告げられたシュナイゼルは子供を眺めながら尋ねる。
「この子供は?」
状況から見て事故に何か関わりがあるのだろうということは分かったが、それ以外のことは何も分からない。
「枢木スザク、というらしいです。もう1台の方・・・・トラックの方ではなくて、もう1台の車に乗っていた子供です。亡くなった二人の子供らしいんですが、どうもその、ひどいショックを受けているようで、一言も話さないんですよ」
それは無理もないだろうと思いながら、その姿を眺める。
確か聞いた話では、その車が事故の原因ではないかということだった。突然運転を乱したその車に後ろからトラックが突っ込んでしまい、さらにマリアンヌの車も、というのが無事だったトラックの運転手の話らしいが。
運転が乱れたことには何か理由でもあるのだろうか、と考えたシュナイゼルは、ふと引っ掛かりを覚えた。
(枢木・・・・?どこかで聞いたことがあるな)
どこだったか、と思い出そうとするシュナイゼルの思考を、背後からの声が停止させた。
「スザク!?」
「スザク・・・・さん?」
驚いたようなルルーシュとナナリーの声。
その声に合わせて、ゆっくりと名を呼ばれたスザクは顔を上げる。
二人にも負けないほど、泣き濡れて赤くなっている瞳は、見ているだけでひどく痛みを感じるような色に染まっていた。悲しみ、というより悲痛、と表現したほうがいいようなその目が、何故かシュナイゼルの心に刺さる。
寄り添って泣いている義弟と義妹を見たとき、どこかで感じた安堵とは正反対のものだ。
「る、ルーシュ・・・・」
掠れた声で、呆然とスザクは呟く。
「どう、したの・・・・?」
その言葉にルルーシュは視線を伏せた。
その言葉で思い出された母の死は、まだひどく生々しいものだったのだろう。口にするのをためらうようにルルーシュは唇を震わせる。
変わりに警察官がスザクに向かって優しげな声で告げた。
「こちらの二人は、君のお父さんの車と事故を起こした人のお子さんだよ」
「え・・・・?」
その言葉にスザクが固まる。
何を言われているのか分からない、という表情のまま、ゆっくりとルルーシュとナナリーに目を向け、そしてその視線をもう一度警察官に戻す。
「彼等のお母さんも、亡くなったんだ」
友達だったんだね、と慰めるように言う警察官の声は、スザクには届いていないようだった。
シュナイゼルの目の前にいる少年は、ゆっくりとその目の焦点を合わせていき・・・・そしてその言葉の意味がやっと届いたとき、咽を引き攣らせた。
「・・・・・・・・っ、ぁ・・・・・・・・っ!」
空気を求めるように咽が上げる悲鳴が、静かな病院に響く。
シュナイゼルは、無意識のうちにその手を伸ばしていた。
咽元を押さえるようなスザクの手を取り、しゃがみこんで囁きかける。
「何にそんなに怯えている?」
今にもひきつけでも起こしてしまいそうなスザクの顔を、涙を拭いながら覗き込む。
揺れる瞳が少しずつ自分の方に向けられるのを、何も言わずに待つ。だが、たどり着いたその顔は、次の瞬間くしゃりと歪み、言葉を発することなく左右に首を振って否定の意志を表す。
それは言いたくない、という意志の表れだ。
何か事故に関わる大切なことだろうかと考える。
けれど、今無理に聞き出そうとすれば、眼前の子供がひどく傷付いてしまうだろうということは分かった。
普段のシュナイゼルならさほど気にすることもないようなことだったが、何故かそれはしてはいけないことのような気分になっていた。
この子供には、優しくしなければならない、という気分に。
それは、不思議な心の動きだった。
何故そう思うのかが分からない。ただ、そう思ってしまう。
何故か、心を勝手に動かされているような心地だった。
いつもと違うそれに戸惑いつつも、シュナイゼルはその不思議な心の動きに従ってみることにした。
にこりと優しげな笑顔を浮かべてみせる。
掴んだ手から緊張の力が抜けるのを待って、シュナイゼルはこれ以上ないくらいに優しい声で語りかける。
「言いたくないなら、言わなくてもいい」
「え・・・・?」
緑の瞳が、見開かれる。
「そんなに泣き方をしなくていい。こんなときは、無理をしなくていい。辛いなら泣けばいいし、言いたくないなら言わなくていい。泣き止むくらいまで待ってやるし、言いたくなるまで待ってやるから」
だから安心しろ、と。
シュナイゼルはその頭を抱き寄せる。
「・・・・は、い・・・・っ・・・・っく・・・・うぇ・・・・」
しゃくりあげるように泣き出したその頭を、ゆっくりと撫でながら、泣きつかれて眠るまでシュナイゼルはずっとそうしていた。
「この子供の家族は?」
「親の他には特に・・・・親族の方とかに連絡しようとしているんですが、まだ確認が」
その言葉にシュナイゼルはそうか、と頷いて眠っているスザクをそのまま抱え上げた。
「では、この子供は預かっておこう」
「え、でも、それは・・・・」
何か言い募ろうとする警官にシュナイゼルは連絡先だけ渡すと、有無を言わせずに話を進めていく。
「ルルーシュ、ナナリー、お前たちもひとまずうちに来るといい」
「――僕たちは・・・・」
「友達なのだろう?――お前にそんなものがいるとは思わなかったが」
「・・・・お邪魔します」
シュナイゼルの言葉に、一瞬詰まったルルーシュは不満げに睨み上げながらお願いします、と呟いた。
スザクとナナリーをベッドに寝かせて、シュナイゼルは苦笑しながら振り返る。
「お前が私をどう思っているか知らないが、こんな子供たちにまで何かするつもりはないから安心しろ」
「・・・・・・・・」
ここに来るまでの車の中でもずっと自分を睨んでいたルルーシュに向けた言葉だったが、彼の視線の刺々しさは緩まない。
自分の言葉が通じないことに軽く肩を竦めたシュナイゼルは、寝室を出てそこを彼らに明け渡す。
「とりあえず今日はお前たちはここで休め」
「・・・・・・・・」
「そのくらいにしておけ、ルルーシュ。私は別に短気ではないが、そこまで敵意をむき出しにする相手に優しくしてやる義理もない。何度も言っているが、母は母で、私は私だ。嫌う理由は分からないでもないが、今この場で八つ当たりしても仕方がないだろう。お前の妹と友人に温かい床を与えたということだけでも、感謝されてしかるべきだと思うが?」
溜息と共に一息に吐き出したシュナイゼルの言葉に、ルルーシュは悔しそうに俯く。
言い過ぎたか、とは思わない。
ルルーシュは昔から異様に頭の良い子供だった。事実は全て分かっている。理解も出来ている。その上でやり場のない怒りをシュナイゼルに向けているだけなのだ。それが分かっているから、ある程度までは放っておく。だが、それ以上は躾として教えなければならない。
――怒りをぶつけて当然だ、と考えるのは既に甘えだということを。
特に、これからは彼を庇護していた母親は居ないのだ。
恐らく親族に引き取られて暮らすことになるだろうが、そこで妹と二人、生きていかなければならないのだとしたら、彼が守る者にならなければならない。
差し伸べられる手を拒むというなら、シュナイゼルがしてやれることはない。
ただ、真実を教えるだけだ。
「いつまでも甘えているな」
子供には厳しい言葉だと思いながらも、シュナイゼルはそう口にした。
「では、葬儀はそちらで・・・・ああ、明日には私も二人を連れてそちらに向かう。――では」
かちゃりと静かに電話を置いて、シュナイゼルは息を吐く。
マリアンヌの実家であるアッシュフォード家に連絡をして、だいたいの今後の話は終えた。シュナイゼルが連絡をした、ということにかなり驚いていたようだったが、話はスムーズに進み、葬儀のことと二人のことはアッシュフォード家が預かることになった。
祖父母が健在なあちらでは、母親をなくした子供たちに大層同情しているようだったので、悪く扱われることはないだろう、とそこまで考えてシュナイゼルは苦笑する。
父親はまだ居るというのに、そちらに連絡を取る気には全くならない、というその事実に。
確かにマリアンヌは妻ではなかったが、それでも二人の子をなした情人である。だが、それがあの父にとって何の意味も持たないことをシュナイゼルは知っていた。自分の跡を継ぐ意志があるかどうか、その選択から出た子供はあの父にとっては全く意味がなくなるのだ。
恐らくたとえそれが自分でも同じだろう、と。
そこまで考えたら笑いが込み上げてきた。
(それならそれで構わないがな)
かつて求めていたものは、とうに諦めている。だから、いつその場所を離れても構わなかった。
「さて、私も眠るか」
明日の葬儀には参列するのだから、と立ち上がったシュナイゼルの耳に、かちゃりという音が響いた。
寝室への扉が開かれるのを眺めていると、そこからおそるおそるといった風に、子供の頭が出てきた。その子供は困ったように周りを見回している。
「・・・・・・・・」
一体何をしているのだろうか、面白いなと思いながら黙っていると、その視線がシュナイゼルに据えられた。
驚いたように見開かれる瞳は、何度見ても鮮やかな新緑の緑だ。
シュナイゼルはその瞳に向かって微笑みかける。
「起きたのか?」
「あ、はい・・・・」
シュナイゼルの質問に、反射的に頷く子供・・・・スザクは相当素直な性質のように見えて、それが義弟と正反対でシュナイゼルはそんなところにも思わず面白味を感じる。
まだ驚いたようにあちこちを眺めているスザクは、一度寝室を振り返ってから、その扉をぱたりと閉める。
そして、中の二人を起こさないようにと考えているのか、小さな声でシュナイゼルに向かい、尋ねる。
「あの・・・・ここ、一体どこなんです、か?」
それと、あなたは誰ですか。
遠慮がちに尋ねられた問いに、思わずシュナイゼルは目を瞠ってしまった。
言われてみれば、当然の質問だ、と。
「そんなところに立っていないで、こちらにおいで」
当然だが、スザクは裸足で立っており、それが寒々しく見えたシュナイゼルは彼を自分の方に手招きをする。
しばらく逡巡したが、スザクは素直にそれに従うことにした。
ここがどこで、眼前の人物が誰であるかは分からなかったが、寝室でルルーシュやナナリーが一緒に眠っていたことを考えれば、二人の関係者だろうと思った。
仕事用のデスクからシュナイゼルは窓際のテーブルに場所を移し、そこでスザクを座らせる。
「少し待っていなさい」
そう言って微笑む姿を、スザクは不思議なものを見るような目で眺めていた。
(なん、か・・・・すごいきらきらした人だ・・・・)
髪が金髪だからだけではなく、穏やかそうな微笑も、その整いきった容貌も、どこか浮世離れしたその雰囲気も、まるでスザクにはテレビの中か絵の中の人物のように見えてしまった。
紅茶を淹れる姿をぼんやりと眺める。
「まだ少し熱いと思うが」
その言葉と共に置かれた紅茶は、とても綺麗な色といい香りがして、これもまた夢の中のようだ、とスザクは考える。しっかりと持っている掌から伝わってくる熱さも、まるで夢見心地だった。
(随分落ち着いたものだな)
先程の病院での錯乱にも近い状態を見ていたシュナイゼルは、静かなスザクを眺めながら違和感を感じる。
「さて、ここがどこで私が誰か、ということだったが」
「はい」
「先に私が誰か、から話した方がいいかな。私はシュナイゼルだ。ルルーシュとナナリーの兄にあたる。半分だけだが」
「お兄さん・・・・」
言われてみれば、とスザクはシュナイゼルの顔を見詰める。
紫の瞳は、ルルーシュのそれによく似ている。やや色が淡いが、それがなんとなく穏やかに見える理由かも知れない。
他に似ている部分は、と問われれば顔立ちが整っていることぐらいしか分からないが、その瞳だけで充分な気がするくらいにスザクにとってその色は印象深い。
あまりにまっすぐから見詰められてシュナイゼルは苦笑してしまう。
ぶしつけな、とは言えない濁りのない真っ直ぐな瞳だ。自分の周りにはありえないその瞳に、シュナイゼルは居心地が悪いような気分を味わいながらも、何故か面白いと思ってしまった。
「そうだ。そしてここは私の家だ。・・・・病院でのことを、覚えているか?」
今聞いてもいいものだろうか、と思いながらもシュナイゼルはスザクの態度がひどく落ち着いて見えたので、それを尋ねてみる。
「え・・・・」
その問いに、スザクは一瞬ぼんやりとした表情を見せる。
シュナイゼルは一瞬それにまた違和感を覚えたが、あまりにも平静に見えたので、ついそのまま尋ねてしまった。
「事故のことだ。マリアンヌとお前の父親が起こした」
重ねて覚えているか、と尋ねる。
次の瞬間、それはやってきた。
びくりと一度大きく震えた体は、すぐに小刻みに音を立てそうなほどに震えだす。
大きく見開かれた瞳は、だんだんとその視線を下げていく。
止まらない震えがカップから紅茶を零し、それが手を伝っているが、熱を感じないのか、コップを強く握り締めたままだ。
「何を――っ」
驚いたのはシュナイゼルだ。
先程淹れたばかりの紅茶が熱くないはずはない。よくよく考えてみれば、コップを握り締めていることすらおかしい。
なんとかそれを離させようとするが、震えた手は想像以上にそれを強く握り締めていた。
仕方がないので、なんとか無理矢理その手を外すと、落下したカップが転がり机の上を濡らすがそんなことには構っていられなかった。
「一体どうした・・・・」
落ち着け、と言おうとしたシュナイゼルの声は、スザクの悲鳴のような声に押しとどめられる。
「お、れ・・・・俺、父さん・・・・っ、ぁ・・・・っ!」
悲鳴と言っても叫ぶようなそれではない、慟哭のような声が、最後は引き攣れて消えていく。
しまった、と思うが既に遅かった。
既にあの時と同じような状態に入ってしまっていた。
瞳が、咽が、体が、全てを拒絶するように怯えている。
握り締めた細い手首も、がたがたと震えながらそれを振りほどこうとするようにもがく。
そして、鮮やかな緑の瞳から、涙が溢れそうになる。
まずい、と思った瞬間には抱きしめていた。
腕の中の頭が震えて、顔を押し付けるように抱き寄せているせいで布地越しに胸元が温かい雫で濡れていく。
これが自分に好意を抱いている女性なら、キスのひとつでもして上手く言いくるめて慰めることは容易いのだが、とシュナイゼルは埒もないことを考えてしまう。
ひたすら泣き止むまで頭を撫で続けている自分が、信じられなかった。
正直、自分を知る人間が見たら、目を疑うような光景だろうと思わざるをえない。
手持ち無沙汰なのでこうなっている理由について自己分析でもしてみようかと、何度もやってみるのだが、それもうまくいかない。腕の中の子供が嗚咽のような声を漏らすたびに気が散って仕方がないのだ。
泣き止むよう説得しようと思わないでもなかった。
だが、服を握り締めている手の力は強く、顔も見せないスザクにシュナイゼルはそれすら諦めて、ひたすら泣き止むのを待つことにした。
ちらりと上目遣いにこちらを見てくる顔に、シュナイゼルは苦笑する。
「落ち着いたか?」
「は、い・・・・あの、本当にごめんなさい。俺・・・・」
「構わないと言っているだろう?」
もう謝罪は飽きるほどしてもらったのだから構わない、とシュナイゼルがやや呆れながらにこりと笑うと、スザクの顔には戸惑いが浮かぶ。
分かりづらい反応が多い子供に、シュナイゼルも戸惑うが、不思議とそれで構うのをやめてしまおうという気にならない。
「私のほうこそうかつだったな。あれほど動揺していたのが治まっているはずもなかったのに」
すまなかったな、と言葉を重ねると、スザクの顔がますます困惑を顕にする。
しばらく困ったようにシュナイゼルの顔を見詰めたあと、新たに入れられた紅茶をじっと眺める。
やがて、意を決したようにスザクは顔を上げた。
「あなたは・・・・ルルーシュのお兄さん、なんですよね?」
「半分だけだがな」
「――ルルーシュに、ナナリー以外の兄弟がたくさんいるっていう話は、聞いたことがあります。お父さんの分だけ血が繋がった兄弟がたくさんいる、って」
「そうだな」
あのルルーシュがそんなことまで話しているのか、とシュナイゼルは感心する。
シュナイゼルの知るルルーシュという少年は、妹と母親を守ろうとして、それ以外のもの全てに対して強い警戒心を抱いていた。そして友人などというものは一人もいなかった。あの環境では仕方なかったとも思うが、その性格にも多分に問題はあった。
だがこの少年は気に入ったらしい、とシュナイゼルはスザクを眺める。
「だったら、あなたはブリタニア、なんですよね・・・・?」
「――そうだな。父がブリタニアだからな。私もそうなる。正確には私の名はシュナイゼル・エル・ブリタニアだ」
隠す必要もないことなので、シュナイゼルはその事実を告げる。
「・・・・なのに、あなたは優しくていい人なんですか・・・・?」
「――――」
スザクの言葉に、一瞬シュナイゼルの思考が停止する。
『優しくていい人』
優しい、と言われたことはある。すばらしいという表現もある。
だが、いい人と言われたことはない。いい性格、ならあるが。よりにもよって「優しくていい人」だ。
(いや、確かに今日の私はそう言われて当然なくらいの言動ばかりしていたような気がしないでもないが・・・・これは、結構くるな・・・・)
真っ直ぐな瞳の子供に「優しくていい人」と表現されてしまい、シュナイゼルは正直激しく動揺していた。
それを表に出すまい、と思考を他所に向け・・・・そして気付いた。
「どういう、意味だ?」
スザクは言った。
ブリタニアなのに、何故いい人なのか、と。
それはブリタニアを良く思っていては出てこないはずの言葉だ。むしろブリタニアは「悪」だと思っていれば出て来る言葉でもある。
その質問にスザクはしばらく躊躇ったあと、覚悟を決めたように正面からシュナイゼルを見据え、逆に尋ね返した。
「俺の名前は『枢木スザク』です。あなたは、俺たちの・・・・枢木のことを知ってますか?」
ブリタニアが何をしようとしたか、知っていますか、とスザクは尋ねる。
「・・・・」
一瞬何のことか考えたシュナイゼルは、記憶の片隅にあるその言葉を見つけ出した。
「まさか・・・・あの『枢木』か?」
その言葉をシュナイゼルが口にした瞬間、はっきりとスザクの瞳には激しい怒りの色が宿った。
『枢木』
その言葉には聞き覚えがあった。
実際のところ現在シュナイゼルは、父のやっている仕事に直接関わりは持っていない。「ブリタニア帝国」とも呼ばれるブリタニア財団は、関連会社の多くは血縁者によって構成されているが、実際のところは代表であるシュナイゼルたちの父親の絶対的な権力の下で全てが決定されている。またその血縁者というのも呆れるほどに数が多い。
そういった世界の中でわずらわしさを感じたシュナイゼルは、学生時代に「ためしに」と言いながら小さなソフト会社を設立してしまい、いくつかの成功を収めてその会社をあっという間に大きくしてしまった。それを口実に、学生をやめてからもしばらくはあちらに関わらないでおこうと思っているのだが・・・・何も知らないわけでもなかった。
いくら血縁者が多くとも、やはり誰が跡を継ぐかといえば、直系の血を持つものに限られる。
そしてシュナイゼルはその『直系の血を持つもの』の中で自分が一番有望視されていることも良く知っていた。
だから、彼なりにいろいろと考えてはいた。
そして、調べてもいた。
さまざまな分野に手を伸ばし巨大化しているブリタニアという企業の全てを把握しているとは思わないが、シュナイゼルは己の持っている権限を使い、特に父が何をしているかということは調べていた。
その中に、不可解なものがあった。
ブリタニア財団はイギリス発祥の企業であり、当然当主である父親はほとんどその場所に居た。
だが、その彼がここ数年自ら裁可を下している事柄のなかに、この国に関わっているものがあった。
詳細を確認することはできなかったが、調査対象の中にあった名前をいくつか覚えていた。そのひとつが、今シュナイゼルの眼前で少年が名乗った「枢木」という名だ。
「・・・・知っているんですか?」
記憶を手繰っていたシュナイゼルは、スザクの強い声に引き戻される。
そしてその瞳に宿る強い色に、一瞬息を呑む。
とうてい子供のする表情ではなかった。
「聞いたこと――見たことはある。だが・・・・」
言いかけて、まるでそれが言い訳のように聞こえる気がして、シュナイゼルは続く言葉をとめてしまう。
そして貫くように自分を見てくるその視線を、正面から見返す。
(何があったのかは知らないが、相当恨みをかっているようだな)
見上げてくる瞳を見下ろしながら、シュナイゼルの頭の中にもいくつか思い出されることがあった。
何についての調査だったのか。
名前まで覚えていたのは、それがシュナイゼルの興味を誘ったものだからだ。世界の中で、祖国と同じほどに脈々とひとつの血統を保ち続けた唯一といってもいい国である、この日本。そしてその影で、さまざまな形で歴史に関わってきた存在とその不可思議な力。
国を治めるものの血統と同じように、今も受け継がれ続けているその力について。
他人が聞けば馬鹿馬鹿しいと思うようなそんなものが、この世界の中に本当に存在していることをシュナイゼルは知っていた。
そして、それは強く彼を惹きつけた。
自分でも。そしてこの世の中で、およそ手に入らぬものはないようなあの父でも持ち得ない「不思議」はこの上なくシュナイゼルの興味を誘う。
(確かサンプルを集めて調査中、と書いてあったな・・・・)
つまりは、そういうことだろう。
彼がそうなのか、それとも彼の身近な誰かがそうなのかは知らないが、ブリタニアの権力で調査されたのだろう。方法も選ばれずに。サンプルのひとつとして。
この強い憎しみが滲む瞳の理由は、そんなところだろう。
実際のところシュナイゼルにとってはいわれのない非難の視線だったが、自らそれを否定する気にもならない。血縁であることは事実だし、もし自分がそれを知っていたら、同じようにその存在を調べたいと思うだろうことを自覚していた。
――それに加えて、わずかばかりほっとしていたことも、それを手伝っていた。
先程までの泣き喚いている顔に比べれば、この顔の方がまだいい、と思っていたのだ。
正直なところ、あれはあまり心臓に良くなかったらしい。
できればもう見たくないなというのが本音だった。
「だが、なんですか?」
スザクはやや力の抜けた声で尋ねる。
黙り込んでしまったシュナイゼルに対してのものだったが、自分に向けられる優しげとも言える表情に、先程まではっきりと抱いていた「ブリタニア」への憎しみまで薄らいでしまいそうだった。
スザクにとっての「ブリタニア」は母を不当に連れ去り、あやしげな実験を行った極悪非道な存在だった。
そこから全ては壊れてしまった。
だからスザクにとってブリタニアとは憎むべき敵だ。憎まなければならない敵だ。
――そう、憎まなければならない敵、なのだ。
(けど・・・・)
眼前の人物に視線を向けて、スザクは戸惑ってしまう。
この相手は「ブリタニア」であるはずなのに、と。
最初ルルーシュに会ったときにもそう思った。だが、彼はブリタニアであってブリタニアではなかった。そこを放逐されたものであり、むしろスザク以上にブリタニアに対する憎しみを持っていた。
だからそれを理解したときには、ルルーシュはその対象から外れたのだが――シュナイゼルに対しては、もっと複雑な気持ちだった。
優しそうな人だと思ってしまった。
優しくされてしまった。
泣き喚いた姿をさらして、慰められて。
そして今もどこか温かみを感じさせる瞳で、眺められている。
はっきりと戸惑っている自分がいた。
(だって、ブリタニアのやつらは、ブリキ野郎って言われるようなやつらで・・・・)
思わず言い訳のようにスザクは考えてしまう。
ブリキ野郎というのは「ブリタニアの鬼畜野郎」という意味だ、と以前スザクは教えてもらっていた。事実、スザクにとってはその通りの相手だと思っていた。彼らは全てを奪い、壊したのだから。
しかし、今目の前にいるシュナイゼルに同じことを思うかと言えば、むしろ自分の周りの人間たちよりずっと優しそうな人にしか見えなかった。
どうしよう、という不安のような気持ちがスザクの中に湧き上がる。
何故こんなに不安になるのだろう、と考えるがその答えがスザクには分からなかった。
「教えてください『だが』なんなんですか?」
スザクは真剣な瞳で問い掛ける。
逆にシュナイゼルはその瞳に戸惑う。
先程一瞬きつくなったはずの自分を見上げていたそれが、すぐに揺らいだことには気付いた。なんとなくその理由については分かるような気がしたのだが、今度は重ねられた問いにどこかすがるような瞳になっているのだ。
こんなにも一瞬のうちに、印象がころころと変わる。
こんな不安定な存在は初めてだ、とシュナイゼルは困惑する。
スザクの視線は明らかにひとつの答えを求めていた。それ以外の答えを拒絶するかのような。
「・・・・・・・・」
まるで空気まで圧迫するような雰囲気でそれを求められて、いつのまにか自分が気圧されていることに気付く。
そんな自分に気付いて、シュナイゼルは軽く息を吐いた。
子供が何を求めているかは分かるような気がした。
(この子供は、憎む相手を求めようとしている)
この切羽詰った雰囲気からして、今回の事故にも何か関わっているのかもしれない。自分ひとりが生きていることが辛くて、誰かを憎むことでそれを生きる糧にしようとしているかのような、そんな思いがうっすらと感じ取れた。
だが、シュナイゼルはその答えを彼に与えたくなかった。
もっと言ってしまえば、自分がこの子供に恨まれるのは嫌だった。まして身に覚えのないことで。
それに、もしこの考えが当たっているのだとしたら、他の選択肢を示してやりたかった。
――そんな、生きるのが辛いばかりの道ではない、もっと別の未来を。
「それを聞いて、お前はどうしたい?」
シュナイゼルは問い掛ける。
「え・・・・?」
予想しなかった言葉に、スザクが小さく目を瞠って疑問で返す。
「聞かなくとも大体の想像はつくだろう。聞いたことはある、だが・・・・という言葉なら。なのに何故お前はそれを重ねて問い掛ける?どんな答えを求めているんだ?」
「それ、は・・・・」
スザクは答えに詰まってしまう。
それはほとんど反射的に聞いてしまった言葉だ。
言われなくとも、本当ならそこに続く言葉は想像できた。けれど揺らいでしまいそうになる心が、それで終わらせることが出来なかった。
「ブリタニア」の人間であるシュナイゼルが、母のことと関わりなく、そして自分に優しい目を向けている。ブリタニアなのに、優しい。ブリタニアなのにいい人。
――それを受け入れることを拒むように、口をついて出てしまった言葉だ。
聞いたことがあるなら、それでも何もしてくれなかったんだから同罪だ、と言いがかりでしかない理由をつけようとした。――『ブリタニア』という存在全てを嫌いで居るために。
黙ってしまったスザクを眺めながら、シュナイゼルはその手をスザクに向けて伸ばす。
行き詰った思考を表すように眉間に寄せられた皺をほぐすように、軽くそこに触れ、そしてその小さな顔を自分に向ける。
そして鮮やかな緑を覗き込んで、告げる。
「私は、お前が望む答えを与えることはできない」
スザクの顔が歪む。
「お、れは、別に何も・・・・」
心細さを隠せないような震える声で言うスザクを、シュナイゼルは正面から見つめる。
その視線に耐えかねるように俯こうとする顔を、自分に向けながら。
「望んでいただろう。私がお前の憎む『ブリタニア』であることを。だからおまえは最初に聞いたのだろう?何故私はブリタニアなのに、優しくていい人なのか、と」
別に自分ではそんなことは思っていないが、と心の中で思いながらシュナイゼルはその言葉を口にのせる。
「だ、って、ブリタニアは・・・・」
「お前にひどいことをした、か?」
「俺、じゃなくて、母さんに・・・・っ」
俺の母さんに、と見えない相手に悔しさをぶつけるように話すスザクの顔は、苦しげだ。
哀れだな、とシュナイゼルは考えてしまう。
スザクは憎むことで自分を守ろうとしている。自分が何もできなかった悔しさや、親を亡くしてしまった哀しさを、誰かを憎むことに置き換えて、自分を保とうとしている。
そのことに対するほころびから必死に目を逸らして、それしか道がないとでも言うように。
「スザク」
そういえば名を呼ぶのは初めてだな、とシュナイゼルが思っていると、聞いたスザクの方でも同じことを考えたのか、驚いたような顔になる。
その表情に思わず小さく笑ってしまいながら、シュナイゼルは問い掛けた。
「ブリタニアが嫌いか?」
「・・・・はい」
シュナイゼルがその名を持っていることが分かっているスザクは一瞬躊躇したが、それでも頷いた。それは現在彼の中心に存在している言葉だったから。
はっきりとした答えに、シュナイゼルは試すように問いを重ねていく。
「ルルーシュとナナリーは?友達なのだろう?」
「でもあの二人はもうブリタニアじゃないって・・・・ルルーシュもブリタニアは嫌いだ、って」
「アレは確かにそう思っているだろうな」
あまりにもらしい言葉に、頷いてしまう。
「では、私のことは?」
「・・・・・・・・優しくて、いい人だと思いました」
「たとえ相手が優しかろうが、いい人だろうが、憎むことはできる。お前は私が嫌いか?」
「・・・・だって、俺、あなたのこと、そんなに知らないし・・・・」
言葉に詰まりながらスザクは答える。
重ねられる問いは、己の心の中を覗き込ませる。スザクは、それをしたくなかった。己の矛盾を突きつけられるのが恐ろしかった。
だが、シュナイゼルの問いは否応なくスザクにそれと相対することを強要する。
「そうだな。それでもお前は思ったのだろう?」
「は、い・・・・」
「けれど、私はお前の言うとおり『ブリタニア』だ。ならば、やはり嫌いで憎む相手なのか?」
「それは・・・・」
「素直に答えてみなさい。私が、嫌いで憎いかい?」
「――――いいえ」
スザクは、ほとんど声にならない小さな声で答えてしまった。
勿論シュナイゼルはそれを聞き逃したりはしない。
そうか、と辛そうな顔をしているスザクの頭を撫でる。それならいい、と。
「でも、俺、ブリタニアは・・・・っ!」
嫌いじゃないといけないんだ、憎まないといけないんだ、だってお母さんの・・・・俺たちの敵だから、と何かを取り戻そうと必死にスザクは唱える。
シュナイゼルはそんなスザクを見詰めながら、緩く頭を振る。
「それは違うと今お前は知ってしまっただろう。確かにブリタニアの人間がお前の母親に何かしてしまったのだろう。だが、だからと言って全ての相手を憎むのは間違っている。ブリタニアは企業であって、人ではない。そこに居る全ての人を憎むのか?」
「・・・・・・・・」
「誰かを悪者にして憎んでしまうのは簡単だ。けれど、お前はそれでは今一時楽になるだけで、救われない。お前に必要なのは、憎むことじゃない。憎むことに置き換えて、見ないようにしている他のことの方が、大切なものじゃないのか」
「見ないようにしてる、こと」
呟きながら、スザクの瞳が揺れる。
しまった言い過ぎたか、とその瞳にじわりと滲み始めたものにシュナイゼルはぎくりとしてしまう。
今このタイミングでここまで言うのはさすがにやりすぎたか、と。心臓に悪い泣き顔を今日もう一度目にするのは、出来れば避けたかった。
シュナイゼルは椅子から立ち上がるを、スザクの体をひょいと抱き上げた。
「え・・・・っ、あ、の・・・・っ」
「そろそろ眠くならないか?」
やや強引かと思いながらも、シュナイゼルはスザクにそう言葉を掛ける。
「え、いえ。今は・・・・」
「私はもう眠い」
だから眠ろう、とこの上なく優しげな笑顔で問い掛けてみれば、スザクは驚いたような表情をしながらも反射のように頷く。
その返事に満足したシュナイゼルは、スザクを抱きかかえたまま本日の自分のベッド替わりにしようと用意したソファにそのまま横になる。
「え・・・・?あ、の・・・・?」
この展開を予想していなかったスザクが困ったような声を上げる。
何故自分は抱きかかえられたままここに転がっているのだろうか。
もしかしてこのまま眠るつもりなのだろうか、と。
「なんだ?」
「え、と。その・・・・俺、ベッドに戻った方が・・・・?」
「何故だ?」
「何故、って・・・・え、あれ?」
どう言ったらいいのか分からなかった。おかしいと思うのだが、何故だと言われると答えられない。
どうしよう、と考えているうちに、何度も何度も頭を撫でられて気持ちよくなってきてしまう。
加えて、人の――シュナイゼルの体温と心臓の音が感じられることが、ひどくスザクの心を安心させた。そういえば、最初もこの人にこうして安心させてもらったのだ、と思い出す。
(どうし、よう・・・・眠っちゃい、そうだ・・・・)
先程の会話で不安定に揺れていた気持ちが、眠気にかき消されてしまう。優しい手が頭を撫でるたびに、だんだんと体から余計な力が抜けて、とても楽になっていくのが分かった。
眠ったか、と穏やかな寝息を立てているスザクをシュナイゼルは眺める。
腕の中にある温かい体は、頭を撫でてやると安心したように擦り寄ってくる。
子犬のように小さく愛らしい生き物に、シュナイゼルは自然と笑みを浮かべた。
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