幸せ家族製作所
2007年某月某日 不幸な少年をどうしても幸福にしたくて作りました。
2007'03.10.Sat
とても温かくて、そして気持ちよかった。
スザクの朝は早い。
夏はほぼ日の出と共に目を覚ます。冬でも6時には目を覚ます。
そして日課になっている朝の鍛錬を、通っている道場まで走っていき、師匠に挨拶をしつつ行う。本当は習っている時間帯以外は来ては行けないのかも知れなかったが、師匠は黙って見守ってくれていた。
つまり、何がどうなのかというと、スザクは朝の光が入ってくればそれだけで目覚めてしまう。ついでに寝覚めもいい。目が開いたら3秒ほどでほとんど完全に覚醒する感じだ。
そして、そのはっきりと覚醒したスザクの頭の中には山ほど「?」マークが踊っていた。
(うごけない。ていうか、ここ・・・・どこ?)
ほとんど身動きができないような状況下で、スザクはかろうじて首を上げてみる。そしてそこにあるものにぎょっとする。
人形のようにきれいな異国の人の顔。
「・・・・」
その顔が目に入った時点で、やっとスザクは思い出す。
(え、と。ルルーシュのお兄さんのシュナイゼル、さんだ)
そう。そして昨日夜中に目が覚めてしまった自分を抱きかかえたままこうなって・・・・そして、自分は眠ってしまったのだろうとスザクは結論付ける。
かなり恥ずかしかったが、とても安らかに眠れたような気がした。
(どうしよう)
一度目が冷めてしまったら、今度はなかなか眠ることが出来ない。ちらりと横目で時計を見てみると、5時半だった。普通の人は一体何時ごろ目を覚ますんだろうと考えながら、仕方がないのでスザクは大人しくそのままで居ることにした。起こしては申し訳ないような気分だった。
暇だなと思いながら、シュナイゼルの顔を見上げてみる。
先程と同じ感想をスザクを抱いてしまう。
とにかく人形のようにきれいだ、と。
作り物ではないかと思うくらいに整っている。きれいな顔立ちに、長い金色の睫。日に焼けていないきれいな肌。額や頬に掛かる髪がとても柔らかそうで触りたかったが、腕一本動かせない。
しばらくそうしてシュナイゼルの顔を眺めていたスザクは、やがてさまざまなことに思いを馳せ始める。
昨日の事故のこと。
そしてそれより前から、母に起こっていたこと。自分に起ころうとしていたこと。
ブリタニアのこと。
ルルーシュとナナリーのお母さんのこと。
そして、この人の言葉。
途中思い出してしまっただけで苦しくなってしまったが、何故かいつもなら震えだしてしまうようなことも、なんとか落ち着いて考えることができた。それを不思議だと思いながら、ひょっとしてこの腕と心臓の音のせいかと考える。
昨日からずっと、この中にいると落ち着く。
あまり父親にこういったことをしてもらった記憶がないスザクだったが、もしかしたらこんな感じなんだろうか、と。
『誰かを悪者にして憎んでしまうのは簡単だ。けれど、お前はそれでは今一時楽になるだけで、救われない。お前に必要なのは、憎むことじゃない。憎むことに置き換えて、見ないようにしている他のことの方が、大切なものじゃないのか』
(見ないようにしている、こと)
スザクは唇を噛み締めて考える。
それは、覗き込もうとすると恐ろしくなってしまう場所だ。怖い、という思いが先にたってしまって、スザクはそこに踏み込むことを躊躇ってしまう。
「・・・・俺、は・・・・」
思わず無意識に声を出してしまい、スザクははっとする。
その動きにか、声にか、どちらに反応してかは分からなかったが、シュナイゼルは一瞬眉根を寄せ、それからゆっくりと瞼を持ち上げた。
やってしまった、と思いながらスザクは体を小さくしてその光景を眺める。
ぼんやりとした表情のまま、薄紫の瞳が姿を現す。
焦点があっていない瞳がぼんやりと自分を見ているのを感じて、スザクはなんだかおかしくなってしまった。人形のようにきれいだと思っていた顔だったが、そういう表情を見ると、何故か身近に感じてしまって。
「・・・・・・・・・・・・?」
シュナイゼルは軽く首を傾げる。
そして何を思ったのか、スザクの体を抱き寄せてその髪に顔を埋めるようにする。
「え、う、わ・・・・っ?」
当然驚いたスザクがまたも声を上げてしまう。
そこでやっとシュナイゼルにも覚醒が訪れた・・・・かに見えて、まだ彼は相当寝ぼけていた。
人間の言葉を口にしたスザクをとりあえず胸から解放すると、じっと見詰めて口を開いた。
「・・・・人間・・・・?」
「・・・・多分、俺は人間だと思います」
他になんと答えていいのか、スザクには分からなかった。
「・・・・まだ6時だな」
仕事でもないのにこんな時間に起きたのは久し振りだと思いながら、シュナイゼルは腕を緩める。
やっと訪れた身動きの自由に、スザクは小さく体を動かすが、本当に小さくしか動かせない自分の状況にあれ、と首を傾げる。
「え、と・・・・?」
「もう少しこうしていろ。まだ起きなくてもいいだろう」
「でももう朝ですよ?」
「私は朝はゆっくりするのが好きなんだ」
「・・・・・・・・分かりました」
シュナイゼルの浮かべた笑顔に、でもなんで俺まで、とは言えなかった。
まるで子供をあやすように背中やら頭やらを撫でられながら、スザクはその場所ですっかり力を抜いてしまっていた。
自分の腕の中でくつろぐ子供を眺めて、シュナイゼルは自分の顔が緩んでいるのに気付く。
どうやら自分がこの子供を相当気に入ってしまったらしい、と今更ながらそのことについて考える。
昨日からの一連の行動を考えてみれば、自分をよく知るものが聞いたら耳を疑うどころか、本当に本人であるかを疑ってしまうようなことばかりしていた。つまり、それほど意外性に溢れる言動をとってしまうくらいには、スザクに心惹かれているということで。
(ふむ・・・・)
さてどうしたものか、と考える。
彼は、他人に対しての許容範囲は広かったが、その反面自分から興味を抱く対象はひどく限られていた。なぜかと言えばそれは彼の生い立ち・立場に起因するのだが、他人とは勝手に寄ってくるものであって、自分から寄るものではない、という生き方が身についていた。
その例外足りうる存在といったら、それこそ片手で足るほどの人数しかいない。
そして今、シュナイゼルはその彼らに対するのに等しいほどの興味を腕の中の子供に抱いていた。
それに気付いてしまえば、手放すのが惜しく感じてくる。
「スザク」
「はい?」
くつろぎながらも意識ははっきりしているのか、シュナイゼルの声にスザクは即座に応える。
「お前は、これからどうするのだ?」
「これから、ですか?」
「両親を亡くして、どうするのだ?親戚かどこかに引き取られるのか?」
「それは、分からないですけど・・・・」
シュナイゼルの問いにスザクは微妙な表情を浮かべる。「親戚」という言葉に何か引っ掛かりと覚えたようなその反応に、もしそこに不和があるのならと不穏なことを考えながらシュナイゼルはそうか、とだけ返す。
今急いで口にするようなことではない。
だがシュナイゼルは、スザクが抱えている、彼が気付いていない問題に気付いていた。
それは即ち、ブリタニアが調べていたものをそんなに簡単に諦めるわけがない、ということだ。
スザクの母が調べられていた、ということはその周囲も当然調べられていただろう。そして当然スザクもその対象であるはずだった。
むしろ対象者が消失してしまったことにより、別のターゲットに焦点を絞る可能性は極めて高い。
その問題を解決しない限り、スザクに平穏な生活など訪れないだろう。
だが、一言で解決と口にするのは簡単だったが、そこに僅かといえどあの父が関わっている以上、それが容易でないことはシュナイゼルにも分かっていた。
(それをどうにかしなければならないか)
まずはそれからだな、とシュナイゼルは頷いた。それまでは、手をつけておくだけでいいだろう、と。
「あの、シュナイゼル、さん・・・・?」
「――ん、ああ、なんだ?」
極めて不穏なことを考えていたシュナイゼルの耳に、やや遠慮がちなスザクの声が響く。
「俺が、見ないようにしてる大切なことって、なんですか?」
スザクの問い掛けに、シュナイゼルは軽く目を瞠った。
そしてその目で、自分を見上げてくるスザクを直視する。その目は、ひどく真っ直ぐなくせに小さな陰があるように見えた。
「ずっと考えていたのか?」
「ずっと、というほどではないんですけど。でもその答えだけ、分からなくて・・・・怖いような、気がして」
正直な子だ、とシュナイゼルはスザクに微笑みかける。
そこにあるものを、本当は気付いているのかも知れない。だが、それは確かに見ることが恐ろしいものだ。その恐怖からも目を逸らしている限り、その答えにはたどり着けない。たどり着いたとしても、向き合うことができない。認めることが出来ない。
(だが、恐れだけでも認められるなら、向き合えるはずだ)
自分の内面と。
「お前が本当に憎んでいるものは、なんだ?」
「――ブリタニア?」
「そこで私に尋ねてどうする。昨日の言葉で自信がなくなったか?」
「は、い」
あまりに素直な答えに、今度はシュナイゼルは声に出して笑ってしまう。腕の中でスザクがみじろぐが、小さく睨むだけのその視線に剣呑さはない。
「自信がなくなるのは、それが絶対ではないからだ。確かにお前にとってはブリタニアは憎むべき存在だ。だが、お前にはそれ以上に憎んでいるものがあるんだよ」
「それ以上に?」
「そうだ。――お前は、何故ブリタニアを憎んでいるんだ?」
「それは・・・・だから、俺の母さんに何かして・・・・それで母さんがおかしくなってしまって。それで、父さんが・・・・父さんが、これ以上は、させない、って・・・・それで、それ、で・・・・っ」
がたがたとスザクが震え出す。
(昨日から思っていたが・・・・何か事故の中に、トラウマになるようなことでもあったのか?)
話題がそこに触れると、ひどい拒否反応が起こる。
「落ち着け、スザク」
震えが止まるまで背中をさすり続ける。
強い力で握られる手が痛かったが、それがそのままスザクの痛みのような気がした。
「すみま、せん」
「別に構わん。それより――話せるか?」
シュナイゼルはスザクの顔を覗き込む。
大きく見開かれた目は涙を湛えていて、やはり何度見ても心臓がざわりと騒いでしまう。だが、聞かなければならないと分かっていた。いや、スザク自身に話させなければならない、と。
「・・・・・・・・・・・・」
「スザク」
俯いていく顔を細い顎先を掴んで持ち上げた。
そして真正面からその瞳を覗き込む。
揺れる瞳がその心を表すように何度か彷徨い、やがて定まる。噛み締められた唇と、見返してくる目とに小さな意志が宿る。
「・・・・・・・・お父さんと、喧嘩になったんです」
「何故だ?」
「お母さんは、おかしくなっていた。だから、これ以上力のことを調べられちゃだめだ、ってお父さんが言って。それで、もうこれ以上ブリタニアのしたいようになんかさせない、って。それで、俺と母さんと、二人の血で呪詛を掛けてやる、って。一緒に死んでやるから、って・・・・っ」
「呪詛?」
「俺はやめてって言ったんだ。そんなの、嫌だって。ちゃんとお母さんを治そうよ、って。みんなで死ぬなんてダメだって。でもお父さんが怒って、俺、殴られて・・・・そし、たら、前が真っ白に光って、車が・・・・!」
だから、ルルーシュとナナリーのお母さんを殺してしまったのは俺なんだ。
苦しさで途切れる言葉で、スザクは叫んだ。
「俺が・・・・俺が、二人のお母さんを、俺が・・・っ」
それが、スザクにとっての真実だった。
「大丈夫か?」
シュナイゼルの声にスザクは頷く。
頭を撫でるシュナイゼルの手は、先程までと変わらない。ただ、優しい。それがどうしたらいいのか分からないような気持ちを呼び起こして、スザクはさんざん泣いてしまった。
今も涙は止まっていない。
それでも、泣き叫ぶことだけはやっと止めることが出来た。
スザクにも「見ないようにしていること」の正体は分かってしまった。
本当に憎んでいたのは、自分だ。
母さんを守るために何も出来なかった自分。
父さんを止めることが出来なかった自分。
そして、マリアンヌを死なせてしまった自分。
そのことから逃げるように、目の前に現れたシュナイゼルという存在を理由に「ブリタニア」に全ての怒りをぶつけようとした。
――だから、苦しかった。
見ないようにしていただけだから、本当はスザクも分かっていた。
「俺が本当に許せなかったのは、何も出来ない弱い自分なんだ・・・・こんなことをしてしまった、自分なんだ」
「・・・・それが分かれば、あと少しだ」
よく出来たな、と抱き寄せられたシュナイゼルの胸に、額を押し付けてスザクは嗚咽をかみ殺した。
「今、お前が本当にしたいことは、分かるか?」
シュナイゼルの問いにスザクは頷く。
「謝りたい。ルルーシュに。ナナリーに。それに――お父さんと、お母さんに」
「あ、あなたは、何をしているんですか!!!」
かちゃりという音のすぐ後に響き渡った声に、らしくもなくまどろみかけていたスザクの目が覚める。反射的に起きようとする体は、自分を抱きしめるように回された腕の重みで押し返される。
僅かに浮いた頭がぽすりと枕に収まるのを感じて、柔らかい枕だなと今更感じてしまう。
体を動かすのは諦めて、首だけを回して視線を声の方に向けると、そこにはルルーシュとナナリーが居た。
ルルーシュは怒ったような、ナナリーは驚いたような表情を浮かべながら。
何に怒っているのだろう、とスザクは思うが、その相手をルルーシュが「あなた」と呼ぶ以上、怒られているのは自分ではないようだと小さく安心する。
ではこの人がルルーシュに何かしたのだろうかと思って、自分を抱いたままでいるシュナイゼルに目を向けると、そこには面白そうに笑みを浮かべた姿がある。
あまりに楽しそうなその様子に、スザクは思わず問い掛けてしまう。
「あの、ルルーシュに何かしたんですか?」
その言葉に、シュナイゼルは視線をスザクに向け、一瞬目を瞠ってからおかしそうに笑い出した。
「――やはり面白い子供だな」
「え?」
「私はルルーシュになど何もしていないよ」
言いながらシュナイゼルはスザクの耳元に口を寄せる。密談するようなその体勢は二人の顔を接近させて、間近に迫ったシュナイゼルの顔にスザクはまたもきれいだと感心してしまう。
どれだけ顔が接近しても全く怯まず純粋な瞳で見詰め返してくるので、シュナイゼルは思わず悪戯のひとつでもしてみようかと思うが、実行に移す前に尖った声が間に割り込んだ。
「だから、何をしているんですかと聞いているんです」
自分が無視されていることに苛立ったルルーシュは、ソファに歩み寄ると、スザクの腕を引っ張る。
そのまま引っ張り起こされそうになったスザクの体は、またもぽすりとベッドに戻される。
(えーと)
ここは起きるべきなんじゃないだろうかとスザクは思うのだが、自分の上に乗ったままの腕の重みに逆らって体を起こすのは少々骨が折れそうだった。
(じゃなくて。ルルーシュに言わなきゃいけないことがあって、だからずっと考えてたはずなんだけど)
苦しくなりながら、それでも考えていたはずなのに。緊張していたはずなのに。
このおかしな状況のせいで、どうにもタイミングを逃してしまった気がしていた。
「子供の体温でぬくまっていただけだが」
それがどうかしたか?と尋ねるシュナイゼルの笑顔は人の悪さを滲ませている。
その言葉に、ルルーシュはぎり、と歯噛みする。
「こんなときに何をやってるんですか、あなたは」
もう一度スザクの腕をルルーシュが引く。
お前もそんなところで何をしてるんだ、と今度は自分に向けて言われた言葉に、スザクは首を傾げる。
「寝てただけだけど」
「なんでそんなところで寝てるんだ!」
「夜中に起きちゃって、それでシュナイゼルさんと少し話をして・・・・それで、眠くなったから」
「そんなことを聞いてるんじゃない!」
「だって今理由を聞いたんじゃないのか?」
「そうじゃなくて・・・・っ!」
噛み合わない口論にルルーシュが拳を握り締めた。
全くこちらの言葉を理解しようとしないスザクも腹立たしかったが、それよりもっと腹が立ったのは、二人の会話を聞きながらシュナイゼルが口元を押さえて笑っていたことだった。
「ルルーシュ、それにナナリーにも。聞いて欲しいことがあるんだ」
朝食を食べ終わると、スザクは覚悟を決めてその言葉を口にした。
一体いつ言い出そうかと思っていたのだが、時間を置けばおくほど、何時も通りの会話をすればするほど、なんだか言い出しにくくなる気がしたスザクは、隣に座るシュナイゼルを見上げた。
何も言われなかったが、その穏やかな瞳に、スザクは意を決した。
「なんだ?改まって」
どうかしたのか、と聞くルルーシュと「はい」とだけ答えるナナリー。
スザクは椅子から立ち上がり、二人に向かって頭を下げた。
「昨日の、事故。父さんと、マリアンヌおばさんの車がぶつかった、事故。あれは、俺と父さんがケンカして、それで運転が上手くできなくて、起こったんだ。だか、ら・・・・だから、あの事故、は、俺が原因で・・・・そのせいで、おばさん、が・・・・」
ダメだ、と唇を噛み締める。
口にした言葉に、涙が込み上げてきそうになるのをスザクは耐えた。
こんなところで泣いてしまうのは駄目だった。それは卑怯だ、とスザクは思っていた。ルルーシュとナナリーは優しくて、ここで自分が泣いてしまったら二人は自分を上手く責められなくなる、と。
「え・・・・」
「スザク、お前何を急に・・・・」
ナナリーとルルーシュの声を、視線を床に向けたままスザクは聞く。
突然言われたことに上手く反応が出来ない二人に、更に言葉を重ねる。
「父さんと俺が・・・・俺が、悪いんだ!俺が、あんなこと言わなきゃ、事故なんて・・・・おばさんも・・・・だから、だから、ごめ・・・・ッ!」
謝罪の言葉は最後まで口にすることが出来なかった。
頬に痛みが走り、そして襟をつかまれそのまま倒され、後頭部に衝撃が走る。
「本当、なのか?」
上に乗りあげているルルーシュの瞳に、怒りの色があった。そして深い悲しみが。それに心臓を握られるような痛みを感じながら、スザクは頷いた。
ごめん、と謝りながら。
「お前・・・・なんで・・・・っ!」
振りかぶられる拳に、歯を食いしばる。
続く痛みに、ただ謝り続けた。
そうすることしか、出来なかった。
素直に殴られるスザクに、ルルーシュはどうしていいのか分からなかった。
ナナリーの制止する声が聞こえた気がしたが、混乱する頭には上手く届いてこない。ただ、目の前で諦めたように目を閉じて歯を食いしばって謝りつづけるスザクの姿だけが映る。
優しかった母の笑顔が、脳裏に浮かぶ。
それは二度と帰ってこないものだ。
そして同時に、涙を滲ませて謝罪するスザクの姿が目に映る。
分かってはいる。スザクがそんなことを、故意に行ったのではないということくらい。それでも、失われたものは大きすぎた。事故なのだから、と誰を責めるつもりもなかった心は、自分のせいだと謝罪するスザクの言葉に出口を見つけてしまった。
なのに、殴った手の先から、泣きたくなるような痛みがルルーシュの心を襲った。
哀しいことが、ひとつだけではなかった。母が死んだことと、それをスザクが自分のせいだと言ったこと。大切な友達の、スザクが。
だから余計に混乱した感情を抱えて、ルルーシュは自分でもその手を止めることが出来なかった。
自分では止めることが出来なかったその手を掴んだのは、シュナイゼルだった。
「ルルーシュ、もういいだろう」
「・・・・っ!」
あまりに冷静にすぎるその声にかっとなったルルーシュは、その手を振り払おうとするが、まるでびくともしない。
睨み上げた顔は、やはりどこまでも冷静だったが、どこか苛立っているようにも見えて、一瞬ルルーシュはびくりとする。
「シュナイゼル、兄上」
咽から絞り出すように振り絞ったルルーシュの声に、シュナイゼルはその細い手首を離す。
引っ張り上げるようにスザクに乗りかかっているルルーシュの体を起こし、続いてスザクの上半身を起こす。大丈夫かと尋ねてみれば、はっきりとした声で大丈夫ですと答えた。その口の端からは血が滲んで頬は腫れていたが、たいしたことはなさそうだった。
そうか、とシュナイゼルは視線をルルーシュに転じる。
加害者であるはずなのに、こちらも酷く傷付いている様子のルルーシュに溜息を吐く。
「故意に行われたことではないということは、お前にも分かっているだろう」
「・・・・・・・・はい」
「ならばこれくらいにしておけ。そうしないと、後悔するのはお前の方になるぞ」
本来お前にも、スザクを責める権利はないのだから、と続けられたシュナイゼルの言葉に、ルルーシュは疑問の声を上げる。
「それは、どういう――」
らしくもなく自分で考えることを放棄している義弟の言葉に、シュナイゼルは素直に答えを返してやる。
「そのままの意味だ。始まりは、こちらが加害者なのだから。先にこの子供の母親に手を出したのは、ブリタニアだ。父親がその報復をしようとして、それを止めようとしたスザクとの口論が事故の原因だそうだ」
「な、にを・・・・」
「シュナイゼル、さん・・・・っ!」
聞いたこともない話に、ルルーシュが目を見開く。
スザクは突然そんなことを話し出したシュナイゼルに驚いた。彼は、そのことを口にする気はなかった。ルルーシュはブリタニアとは関係ないと思っていたし、それは卑怯な行為だと思っていたからだ。
スザクはシュナイゼルの言葉を制止しようとするが、静かな彼の目に迎えられて言葉を失う。
「それは余計な気遣いだ、スザク。ルルーシュの父親があの人であることは決して変わらない事実だ。それに、散々お前を罵ったあとこの事実を知るほうがショックも大きい。もしお前が本当にルルーシュを友人だと思って気遣っているのなら、最初から真実を話すべきだ」
「・・・・・・・・すみません」
しばらく逡巡した後、スザクは謝る。
ただ己が謝罪して、叱責されてそれで済ませて楽になりたい、という気持ちに気付いてしまったスザクは、自己嫌悪に陥りそうになる。これでは昨日シュナイゼルに八つ当たりしてしまったときと変わらない、と。
「・・・・ス、ザク・・・・」
戸惑うような声を掛けるルルーシュを、スザクは見上げる。
その、見上げていた相手がすぐ目の前まで降りてくる。
「僕、そんなこと、知らなかった・・・・から。すまない」
「知らなかったっていうことは、関係ないってことだろ。それは、ちゃんと分かってたから・・・・だから・・・・でも、俺も本当に、ごめん」
心からスザクは謝罪の言葉を口にする。
そんなことでルルーシュやナナリーを恨む気持ちなど、本当にひとかけらもなかった。ただ、願っていたことはひとつだけだった。
本当は口にしない方が良かったかも知れないと、思った。
それを口にしたのは、シュナイゼルの言葉と、もうひとつの理由があったからだ。
「ルルーシュ。それに、ナナリー」
スザクは二人を見詰める。
「本当に、ごめん」
「お、前は、悪くないだろ、う・・・・」
「スザクさんのせいではありません。それにスザクさんだって、お父様とお母様を亡くされてしまったのに・・・・」
「・・・・・・・・」
優しい二人の言葉に、スザクは涙を零してしまう。
「許して、くれる・・・・?」
小さく、小さく呟いた言葉は、二人の耳にはっきりと届く。
「だから、お前は悪くない・・・・お前こそ、いいのか?」
「スザクさんを責めたりしません」
ただ温かい言葉に、流れる涙が止まらなくなる。
「ありがとう」
願いは、叶えられた。
大切な二人の友達を失いたくなかった。
だから、謝って、そしてもし許してもらえたのなら、と。そう願った願いは、叶えられた。
「さて、そろそろ出ようか。スザク、お前はどうする?」
上着を羽織ながら、シュナイゼルが問い掛ける。
シュナイゼルとルルーシュ、ナナリーはマリアンヌの実家に向かうことになっていた。スザクの家庭の事情を知らないシュナイゼルが尋ねると、スザクは小さく首を傾げて考えるようにした。
「一度、家に戻ってみます。もしかしたら誰か来ているかも知れませんし、もし居なかったら連絡してみます」
はっきりと答えるスザクに、シュナイゼルは笑みを向ける。
先程までぼろぼろと泣いていた子供は、許されたことに安堵したのかとてもすっきりとした表情をしている。両親を亡くしたのにそういう表現はおかしいが、それでも昨日のあの壊れてしまいそうな表情を思えば、そのことに安堵してしまう。
「そうか、なら家まで送ろう」
「え、いえ、そんな――」
申し訳ないです、と言おうとしたスザクの言葉は、鳴り響くチャイムの音に中断される。
戸惑うように視線を向けると、シュナイゼルが「今日は来客の予定はなかったはずだが」と部屋にあるインターホンの受信ボタンを押した。
途端、高い声が響く。
『スザクを出しなさい!!』
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「もしかして、神楽耶さんでは?」
名乗りも何もなくモニターに指を突きつけながら宣言した少女に、三人の男がそれぞれの理由で声を失う中、ナナリーがその名を呼んだ。
いち早く我に返ったシュナイゼルが、ナナリーを振り返る。
「知っているのか?」
「はい。スザクさんのお知り合いの方で、確か・・・・」
「う、ん。間違いなく神楽耶だけど・・・・」
びっくりした、とスザクは心臓のあたりを押さえる。それから慌てたように隣に立つシュナイゼルに謝る。
「あの、すみません・・・・!悪いやつじゃないんですけど、ちょっと常識がないっていうか、変わってるっていうか。いきなり・・・・」
「ああ、別にそんなことは気にしないが。さすがにちょっと驚いたかな」
苦笑しながら言うシュナイゼルに、スザクはほっとする。
が、それもつかの間のことで、またも高い声が響き渡った。
『一体いつまでそちらで話してるんですか。早くスザクを出しなさい、人攫い!』
「ひ、人攫い、って・・・・」
神楽耶ってばなんてことを、とスザクは頭を抱えたくなる。
「神楽耶!シュナイゼルさんに失礼なこと・・・・って、あれ?師範?」
外に通じているマイクから話そうとすると、既に画面に神楽耶の姿はなかった。変わりに、こちらもよく知った姿が現れる。
そういえば、神楽耶が一人でこんなところまで来れるはずもない、と今更ながらにスザクは気付く。運転手と言うか、目付けと言うか、現れた人物にスザクはほっとする。
彼の通う道場の師範である藤堂は、スザクにとって最も尊敬している人物の一人だった。
『失礼した。すまないが、こちらに枢木スザクがお邪魔していると聞いたので、迎えに来たのだが。彼は居るだろうか?』
いささか固いが、それでも常識溢れる言葉に、シュナイゼルはやっと答える糸口を見つける。
「ああ、丁度家に送ろうとしていたところだ。私たちも出るので、そちらで待っていてくれ」
『分かった』
要点だけを話す大人の会話は、あっという間に終了し、そしてもう一度ボタンを押して外線を切ったシュナイゼルは、後ろの三人の子供を振り返る。
「と、いうわけだ。残念ながら、送らせてもらうのは門までになってしまったな」
本当に残念そうに言うシュナイゼルがどこかおかしくて、スザクは笑みを浮かべてしまった。
「うわっ」
門を出た途端に抱きつかれて、スザクは思わずよろめく。小さく軽い少女の体だったが、同じ程度の体型しか持っていないスザクにとっては、加速度がついてしまえば支えられるものではない。
そのよろめいたスザクの体を後ろから支えたのはシュナイゼルだった。
「スザク!もう、急にいなくなるから凄く心配したのよ!何してるのよ、本当に・・・・」
「ごめん、神楽耶。ちょっといろいろあって、連絡し忘れちゃって」
スザクの言葉に神楽耶はむっとする。
「そんなこと忘れないで欲しいわ!あなたのおかげでどれだけ・・・・」
そこまで言ったところで、やっと後ろの人影に気付く。
日本にはほとんどいないくらいに長身のその人物が誰であるか、神楽耶は知っていた。
「出たわね、人攫いのブリタニア人!」
びしりと指をつきつけて言う少女に、シュナイゼルは困ったような笑みを見せる。とんでもないことを言われているのだが、傲慢でありながらも幼い子供としての天真爛漫さをも併せ持つ少女のあまりにも突拍子もない言葉には、腹の立てようもない。
「か、神楽耶・・・・」
スザクは神楽耶の口を慌てて閉じようとするが、既に出てしまった言葉はどうしようもない。
そこに可愛らしい声が、救いを投げかける。
「神楽耶さん、シュナイゼルお兄様は人攫いではありませんよ?」
優しい声と共に、シュナイゼルの影になって見えなかったナナリーとルルーシュが姿を現す。
二人を見ると、神楽耶は「あら」と小さく漏らす。
彼女はこの人形のようにきれいで愛らしい二人の兄妹を気に入っていた。特にナナリーは中身までも可愛らしく、お気に入りだった。
「ナナリー?それに、ルルーシュも。どうしてこんなところにあなたがたが?」
首を傾げて尋ねる姿は、先程までとは別人だ。
その問いにナナリーは困ったように瞳を伏せる。
変わりに口を開いたのはルルーシュだった。傷心の妹の口から母のことを話させるつもりはなかった。
「スザクの乗っていた車と事故を起こした車に、母上が乗っていたんだ。それで、一緒の病院に居たんだけど・・・・僕たちの母上も、スザクのご両親も亡くなってしまって・・・・」
だんだんと小さくなっていくルルーシュの声に、スザクの眉が寄る。ごめん、と呟きながらそちらに駆け寄るスザクを眺めながら、シュナイゼルが続く言葉を引き継いだ。
「二人を迎えに行った私が、あの子達の友人だという彼が病院で泣き疲れて眠ってしまったので一緒に連れてきた、というわけだ」
人攫いではないのだが分かってもらえただろうか、と神楽耶に微笑みかける。
しばらくその言葉を反芻するように考え込んだ神楽耶は、こくりと頷いた。
「分かりましたわ」
「それは良かった」
もう一度シュナイゼルは笑みを見せる。
別段誰になんと言われようと、それが自分にとって関わりのない人間であれば気にしないシュナイゼルだったが、さすがに身に覚えのないしかも「人攫い」という単語を高らかに宣言されるのは出来れば容赦して欲しかった。
「じゃあ、ルルーシュ、ナナリー。またね」
言うスザクに二人が言葉を返す。
その様子を眺めながら、しばらく考えたシュナイゼルは、手帳とペンとを取り出して、そこに自分の携帯電話の番号を書き込んだ。知っているものなどほとんど居ない番号だが、確実に自分だけが対応することのできるものだ。
それを、二人への挨拶を終えて自分のところに寄って来るスザクに握らせる。
「え、と、これは?」
「――分かっているかも知れないが。お前が母親の力とやらに関わってしまっているのなら、このまま何事もなく終わることはない」
「・・・・・・・・」
「どうするのか選ぶのはお前だが、その選択肢の一つだと思えばいい」
私の手が必要なら貸してやろうと告げると、緑の目が大きく見開かれた。
「あ、で、も・・・・」
「必要がなければ、燃やしておいてくれ」
くれぐれも人には見せないでくれ、と告げるとびっくりしたようにその紙をスザクは隠す。その仕種に笑ってしまいながら、シュナイゼルはスザクの頭を撫でた。
「それは、ただの好意だ。私からお前への。使ってもいいし、使わなくてもいい。ただ、どうしていいか分からなくなったら思い出せばいい」
分かるか?と尋ねるとスザクは頷いた。
「ありがとうございます」
「いい子だ」
もう一度その目を覗き込んで頭を撫で、シュナイゼルは体を起こした。
「それでは、そろそろお前を返さないと、あちらで睨んでいるものたちに怒られそうだな」
それではまた、と告げると「はい」とはっきりした言葉が返ってくる。
「いろいろ、本当にありがとうございました」
スザクは大きく頭を下げた。
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