幸せ家族製作所
2007年某月某日 不幸な少年をどうしても幸福にしたくて作りました。
今日はお客様が来るという。
スザクはぱたぱたと紅茶の準備をしながら、なぜ今回はシュナイゼルがお手伝いさんたちを休ませたのだろうと考えていた。どちらかというといつもは自分を表に出したがらないシュナイゼルが、何故か今回に限っては「もてなしを手伝ってくれるか」とわざわざ頼んできた。
勿論それを断れるはずもなく、また「手伝う」という言葉に嬉しくなって思い切り「はい」と答えたスザクだったが、今頃になって何故だろうということが気になり始めたのだ。
「やってくるのは私の妹なんだよ」と言ってはいたけれど、それが理由だろうか、と首を捻る。
そういえばここに住み始めてから1年近く経つけれど、シュナイゼルの家族に会うのは――先に会っていたルルーシュやナナリーを覗けば――初めてだ。
ふとそんなことを考えてしまって、スザクは何故か妙に緊張してしまう。
(シュナイゼルさんの家族……)
ブリタニア、といえば経済のことなんてまるで知らないスザクでも知っている会社の名前だ。シュナイゼルはそのブリタニア財団の総帥の息子の一人であり、ということは当然その「妹」も同じ立場なわけで。
シュナイゼルはそうではないけれど、そういった立場の人間は尊大で鼻持ちならない性格が多いことをスザクはよく知っていた。スザク自身も名門の血筋の人間であり、親族にそういった輩が多かったのだ。……スザクの父親自身にもそのきらいはあった。
そういう人じゃないといいな、とスザクはこっそりと溜息を吐いた。
「これくらい、かなあ?」
掃除はした。
お茶の準備も、昨日家政婦と一緒に焼いたお菓子も用意した。
女の人なんだからと庭に咲いている花も少しだけ切って机に飾った。
はっきり言ってしまえば、こんなことしたことがないので、どんなことをしたらいいのかさっぱり分からなかった。お茶の準備くらいしてくれればいいと言われたからやっているが、本当にそれくらいしか出来ない。
これでいいんだろうかと悩んでいると、階段を下りてくる足音が微かに聞こえた。
扉が開き、シュナイゼルが入ってくると、部屋の中を眺めてひとつ頷く。そして、可笑しそうに笑う。
「花まで飾ってくれたのか。ありがとう」
「……はい!」
ありがとう、と言われてスザクは嬉しげに頷く。
「私のほうも仕事が片付いたから手伝おうかと思ったが、充分だな。もうそろそろ来ると思うから、あとはゆっくり待って――ああ、エプロンだけ外しておいてくれるか?」
子供に世話をさせているのかなどと言われてはかなわないから、と言われてスザクはエプロンを外す。充分、と言ってもらえたことでこれでよかったのだと安心しながら。
「お世話になってるのは僕ですけど……」
「そうなんだがな。ただ、いろいろ勘繰られてもいる。あのシュナイゼルが子供を引き取って何を企んでいるんだ、とな。わざわざ噂のネタを提供してやる必要もないだろう」
苦笑しながら、ロイド辺りが聞いたら大笑いしそうだと考えながらシュナイゼルは言う。
スザクにはよく意味が分からなかったが、シュナイゼルの言うことはだいたいにおいて間違いはなかったので、そのまま言葉に従う。
そして脱いだエプロンをたたんでいると、チャイムの音が響いた。
「来たようだな」
そういってドアホンの通話ボタンを押して一言二言話したシュナイゼルは、スザクを振り返る。
「もうすぐドアに着くと思うから出迎えてやってくれるか」
「はい」
頼まれたスザクは勢いよく頷いて、部屋を飛び出す。
それから慌ててしまった自分をたしなめるように歩調を緩め、緊張をほぐすように深呼吸する。たどり着いた扉の前でもう一度大きく息を吐くとよし、と気合を入れて鍵を開け、扉を開いた。
――開かれた扉の向こうには、ピンク色が広がっていた。
(5/5)
「はじめまして。わたくしユーフェミアと申します」
にこ、と満面の笑顔で言われて、スザクも反射的に笑顔を返す。
「はじめまして。僕は枢木スザクです」
同じように名乗ると、ふふ、と嬉しそうに笑われる。濃い桃色の髪をした少女は、どこか浮世離れしていたけれど可愛らしく、人懐こい笑顔と仕種は、どちらかというと警戒心の強いスザクにも容易く笑顔を浮かべさせた。
スザクが扉を開いて出迎えた先には、二人の女性がいた。
一人は長身できれいだけどややきつい顔立ちをした紫とピンクの中間のような色の髪をした人。そしてもう一人が今スザクとほのぼのとした挨拶を交わしているピンクの髪の少女だった。
年少組の微笑ましい会話とは少し離れた場所で、年長組の二人は紅茶を飲みながらそれを眺めている。
スザクが「きれいだけどややきつい顔立ち」と心の中で表した女性は、シュナイゼルの義妹であり、ユーフェミアの同母の姉であるコーネリアと言った。
彼女は知る人ぞ知る――というか、知っている人間は、本当によく知っているシスターコンプレックスの持ち主だった。
ブリタニア財団はその巨大企業という性質上、トップに近い人間はさまざまな意味で危険が身近になってしまう。……ようは誘拐だの暗殺だのという物騒な言葉が横行している世界に住んでいるのだ。
そして、ユーフェミアもその危険に晒されたことが一度だけあった。
もともと家族をとても愛していたコーネリアはそれ以来、過剰なまでに妹を気遣うようになった。大切に守り、危険から遠ざけ、自分が強くなろうとしていた。
そんな過保護なコーネリアは、目の前とはいえ、得体の知れない子供がユーフェミアと楽しそうに会話をしているのにやや心配げな視線を向けながら、義兄に疑問を投げかける。
「義兄上、あの子供は一体義兄上のなんです?」
ストレートな質問を真っ直ぐぶつけてくるコーネリアに、シュナイゼルは思わず苦笑してしまう。
ゆったりとした仕種で紅茶を一口飲んで、スザクも上達したななどと考えながら僅かに首を捻って質問を返す。
「それは、お前の質問か?それとも、別の誰かの質問か?」
「……どういう意味です」
「そのままの意味だよ。どうせ誰かに探って来いと言われているのだろう?私の弱みを探りたい輩などそこら中に居るだろうからね」
「私にはそんなつもりは――」
「そうかな?そういうことにしておいてもいいが。――最も、お前が最優先に考えているのはユフィの幸福と安全だけだろうけれど、お前は優秀だからな。おまえ自身に野心はなくとも利用したいと思う輩は居る。担ぎ上げたいと思う輩もね」
シュナイゼルの言葉に、コーネリアは顔を顰める。
言われている意味は分かる。馬鹿馬鹿しいほどによく分かってしまう。
大体において、彼女の前にいる義兄は頭が良すぎる。そして能力が高すぎる。コーネリアの目から見ても、他の兄弟たちから頭ひとつ飛びぬけている。そんな彼は、野心家の一族たちが当主として担ぎ上げるにはあまりにも切れ者過ぎた。
――コーネリアにしても、この頭の良すぎる義兄が自分の上に立つ、というのはあまり歓迎したくなかった。馬鹿すぎても困るが、何を考えているか全く読めない相手、というのはもっと困った。
だからこそ、出来れば弱みのひとつでも握りたいという人間の気持ちは分かったし、あわよくば自分でも掴むことができればいいと思ったのだが……
全てを見透かすような表情で微笑まれてこんな言葉を口にされては、諦めるしかないだろう。
余計なことをしてこの義兄に「敵」と認識されてしまっては、それこそ本末転倒だ。
「――私の純粋な興味です」
苦虫を噛み潰したような表情でコーネリアがそう言うと、シュナイゼルはにこりと笑った。
「そうか。それはよかった」
何が良かっただこのタヌキが、とコーネリアはやたらときれいな笑顔にこの紅茶をかけてやりたい気持ちを抑えながら、それを一口飲んだ。
――意外に美味しいそれは、先程眼前でスザクが淹れたものだった。
(5/6)
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あ、あれ?なんでこの二人、こんな会話始めちゃったの…?<ヲイ
いやその、もっとほのぼのした出会編を書くだけのつもりだったんですが……次回軌道修正します。
このお話は、連載とは違って追記しながら続けて行く形にしたいと思います。そんなに長くはならない予定なので。