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幸せ家族製作所

2007年某月某日 不幸な少年をどうしても幸福にしたくて作りました。

2024'11.16.Sat
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2007'03.10.Sat

 着替えをして道場を出ると、いつもならそこに居るはずのカレンの姿が見えなかった。
「なんだよ、あいつ。先に帰っちゃったのかなあ?」
 珍しい、とスザクは呟く。
 スザクとカレンは道場の中では唯一年が同じであるせいで、いつも勝負をしているライバル同士だった。今のところスザクが全て勝っているが、カレンのことは他の年上の門下生よりもずっと手強い相手だと思っていたし、男勝りな性格であるカレンと言いたいことをぽんぽんと言い合うのは、友達のほとんどいないスザクには楽しかった。
 だから自然、こうした道場への行き帰りなどは一緒に歩くことが多かったのだが。
「ちぇ」
 置いてくなよな、と呟きながらスザクは帰宅しようとした。
 その耳に、小さな音が聞こえた。
「?」
 なんだろう、と振り返る。
 何も見えなかったが、耳を澄ますとその音がだんだんはっきりと聞こえてきた。
 誰かが争っているような物音。声は小さかったが、明らかに不穏なその気配に、スザクはそちらに走っていく。
 道場の裏側に回ると、そこには見慣れない人間が何人も居た。
 その中心では、カレンが羽交い絞めにされどこかに連れ去られようとしていた。
「カレン!!」
 振り返る人の群れの中に、スザクは飛び込んでいった。


「いたっ!」
 擦りむいている頬に消毒液をつけると、カレンが顔を顰める。
 思わずその声にスザクはびくりと震えてしまった。カレンはしまったという表情になるが、すでに遅かった。
「ごめ、ん・・・・」
 スザクの目から涙が零れる。
 稽古中にどんなに厳しくされようが、思い切り投げられようが決して泣いたりしないしないスザクだが、案外涙もろいことをカレンはよく知っていた。
 そしてカレンは、元気なスザクと争うのは楽しかったが、涙を流されるとどうしたらいいのか分からなくなってしまうので、心の底から苦手だった。
「べ、別にあんたのせいじゃないってば。ちょ、泣かないでよ・・・・」
「――俺のせいだ」
 だってあいつら、「待て、こっちじゃない。あっちのガキだ」って言ってた、と呟かれるとカレンも俯いてしまう。
 とてつもなく間抜けた誘拐犯だったが、彼らはスザクを連れ去るつもりでカレンを連れ去ろうとしていたらしかった。
 スザクとしては、自分と間違われたせいでカレンが酷い目にあってしまったと思うのは当然のことだった。
 そして、その理由にもスザクは心当たりがあった。
 彼らは間違いなく日本人だったが、その手口は彼の母親のときと同様だったのだ。
 スザクは眉を寄せてぎゅ、っと拳を握り締める。
 流れた涙を拭ってもう一度だけカレンに「ごめん」と告げる。
「あたしは気にしないけど・・・・あんた、一人で大丈夫なの?」
「・・・・・・・・」
 カレンの言葉にスザクは唇を噛み締める。
 両親が死んでしまってから、スザクは祖母と二人で暮らしていた。祖母と言ってもまだ六十前で元気ではあるが、それでも今日のようなことを考えると、もし何かあったら、と考えてしまうと恐ろしい。
「今日は師匠が泊まってくれるんでしょ?」
「う、ん・・・・神楽耶がそうしろって言ったみたいで。でも・・・・」
 勿論ずっと、という訳にはいかないことくらい分かっている。
 神楽耶には祖母と二人でうちに来ればいい、とも言われていたが、もしそれで万一神楽耶たちに迷惑が掛かってしまったらと考えると、もっと恐ろしい。
 神楽耶個人とあまりに近しいために忘れてしまいそうになるが、神楽耶は宗家の一人娘であり、その身は大切で尊いものなのだ。万一にも自分が理由で何かあってはならない。
(どう、しよう)
 スザクの脳裏には先程からひとつの名前があった。
 けれど、まだふんぎりがつかなかった。
 たった一度会っただけなのだ。それも、立場を考えればこちら側ではない相手だ。

『どうしていいか分からなくなったら、思い出せばいい』

 優しい声と言葉をはっきりと覚えている。
 どうしよう、と何度も心の中で呟き続けるスザクの耳に、自分を呼ぶ声が聞こえた。
「スザク君っ」
 がらりと道場の扉が開いて、藤堂が入ってくる。
 珍しくも慌てた様子に、スザクは悪い予感を感じた。

 スザクは、ポケットの中にあるお守りを握り締めた。
 その中にある、一枚のメモに祈るように。



 その音が鳴ったとき、シュナイゼルは小さく眉を顰めた。

 仕事も終わり帰宅したシュナイゼルがコートを脱いだところでその音は響いた。
 そのコール音は、いくつか持っている携帯電話のうちのひとつだ。仕事に使う予定のないその番号を知っているものはごく限られていて、しかもほとんど鳴ることはない。
 だから、予感がしたのだ。
 取り出して画面を見てみれば、そこには登録されていない番号が表示されている。
 だとすれば、可能性はひとつしかない。
 通話ボタンを押して出ると、小さく息を呑むような音が聞こえた。
「私だ」
 可能性はひとつしかないが、それでもシュナイゼルは名乗ることなく答える。うかつなことをするつもりはなかった。相手が自分から名乗るまで・・・・もしくは相手が判明するまでは、こういった状況でシュナイゼルが名乗り出ることはない。
『・・・・・・・・』
 答えが、ない。
 何の音もしないのに、それでも相手が逡巡している気配が伝わってきた。
「――スザクか?」
 本当は誰かを確認したかったが、その重い沈黙がシュナイゼルに嫌な予感を抱かせた。
『は、い・・・・あの、ごめんなさい。こんな時間に・・・・』
 微かに震えている声が、不安を煽る。
「そんなことは構わないが――何か、あったのか」
『ごめん、なさい。俺、どうしたらいいかわからなくて。一回会っただけのあなたに頼るなんてだめだって思ったんだけど』
 どんな顔をしているのか想像できてしまうような、泣き出しそうな声だった。
「私が言い出したことだろう。何があった?」
『友達が、俺と間違って攫われそうになって・・・・それに、家になんか変な人たちが入ったみたいで、荒らされてて、でも何も盗られてなくって、でもおばあさんがショックで入院しちゃって、そ、れで・・・・きっと全部、俺のせい、で』
「――お前のせいではないだろう」
 シュナイゼルは舌打ちしたい気分でそれだけを口にした。
 葬儀の後から、そのことについてはシュナイゼルも調べようとしてはいた。やたらと忙しくなる仕事の中、それでも調査を進めていたのだが、まだ手を出しあぐねていたところへ、この状況だ。後手に回ってしまったがために起こったことが、腹立たしくてならなかった。
 だが、今はそんな言い訳じみたことを口にする気はなかった。
 聞いた限り、あまりにも性急な手口は何らかの指示があったのか、それとも単に成果がないことに焦り始めたがためか。
 どちらにしても、何の進展もないまま彼等の手口が緩まることはないだろうから、早めに手は打たなければならない。
「今、どうしている?」
『今、は、病院です。師匠・・・・藤堂さんが、あんな騒ぎがあったからついててくれることに、なったんだけど・・・・俺、師匠や神楽耶やみんなに、迷惑掛けたくなくて・・・・っ』
 震える声が、耳を打つ。
 それだけで心がざわつくのを感じる。
 覚えているのは、腕の中でぼろぼろと涙を流していた子供の姿だ。またあんな風に泣いているのではないかと思ってしまう。そう思うだけで、手を差し伸べて助けてやりたくなってしまう、自分の心の動き。
 らしくないと分かってはいたが、切り捨てることなどできない。
「――分かった」
『・・・・ぇ・・・・?』
「とりあえず、お前がどこにいるかだけ教えてくれ。出来る限りのことはなんとかする。それと、明日の朝迎えに行く」
『え、あの、迎え・・・・?』
「それが一番安全だ。・・・・ああ、そうだな。また人攫いと言われるのは叶わないから、出来れば話だけしておいてもらえると助かるが。祖母君のこともなんとかしよう。ああ、出来れば今日はそのまま護衛つきでそこに泊まっていてくれると迎えが楽だが」
 とりあえず大人しく待っていろ、とだけ告げる。
 訳が分からないのか電話の向こうでスザクが酷く戸惑っている雰囲気が伝わってきたが、それでもシュナイゼルの言葉と意志は伝わっているようだった。
 躊躇いながらも、それでも信じているとでもいうように真っ直ぐな声が「分かりました」と答えるのにシュナイゼルは小さな笑みを零した。


「悪いが頼みたいんだ。――そう。お前ももう関わりたくはないだろう。これは、お前の本意とは大きく外れた行為だろうから。――ああ、すまない。ありがとう、ラクシャータ。――分かっている。交換条件、だろう。そちらは手筈が整ったらまた連絡する。――ああ。では、また」
 電話を受話器に置いて、シュナイゼルは溜息を吐く。
 肘をつきながら額に手を当てる。その眉間には小さな皺が寄っていた。だがそれは事態の不首尾を表すものではなく、単に疲労から来ているものであり、これであらかたの手は打った、と彼はそれらを反芻して自分に見落としがないかを確認していた。
「・・・・・・・・大丈夫、か」
 多分、と思わずつけてしまいたくなるのは、睡眠を求めてややぼうっとしてしまっているせいだ。
 だが何度か足跡を辿り、問題ないことを確認するとシュナイゼルは時計を見上げる。時計は七時前を指していて、それはこんな時間から電話すれば嫌がられるだろうな、と先程の会話の相手の不機嫌さを思い出して苦笑してしまう。
 もっと言えば、繋ぎをとるために連絡したもう一人の友人などは、悪態のつき通しだった。
「――少し、眠るか」
 病院が開くまでには多少の時間があった。
 このまま運転するよりはましだろう、と僅かな仮眠をシュナイゼルは取ることに決めた。


「何故スザクはあなたを頼ってしまったのかしら」
 病院についた途端、頬をふくらませた少女に言われて、シュナイゼルはまたも言葉を失った。
 彼としては非常に珍しいことだったが、どうにもこの神楽耶という少女には逆らえないような、そんな気持ちにさせられてしまう。
 そんな自分に気付いて、シュナイゼルは苦笑しながら立ちはだかる神楽耶に言葉を向けた。
「のっけからご挨拶だな、姫君」
 にこりと笑みを向けてみれば、神楽耶は小さく溜息を吐き出す。
「本当に・・・・無駄なくらいにきれいな顔をしている人よね。さすがにあの二人の兄上なだけはあるわ」
 スザクのことがなかったら、素直に見ほれられるのに、と告げられてしまったシュナイゼルは返す言葉がない。
 笑みを張り付かせたままの顔でさあどうしようか、と考えていると、目的の人物が現れた。
「あ、シュナイゼルさん・・・・」
「久しいな、スザク。元気だったか・・・・と聞くのもおかしいか?」
「いえ、その――すみません、突然電話なんかしてしまって」
「それは構わないと言っただろう。ちゃんと覚えていてくれただけ私は・・・・っ?」
 突然足にどん、という軽い衝撃を感じてシュナイゼルは驚く。
「か、神楽耶!?」
 慌てたように声を上げるスザクの視線の先には、先程までシュナイゼルの前で仁王立ちしていた少女が居た。シュナイゼルの足を蹴った彼女は、今はきつい目つきで彼を睨み上げている。
「神楽耶、一体何してるんだよ・・・・!?」
「――なんだか、ものすごく腹立たしいわ、私」
 怒るように声を荒げたスザクすらも、神楽耶は睨みつける。
「私の目の前で、私を無視して話さないでちょうだい。しかもそんなにいちゃいちゃと」
「いちゃ・・・・って、お、前・・・・なんて言い方を・・・・っ!」
 スザクが真っ赤になって神楽耶に詰め寄る。
 確かに先程までシュナイゼルは神楽耶と話していて、自分はそこに後から割り込んでしまったかたちだけど、とスザクは思う。だが、それでもこんな急に連絡をしてしまって、それでも本当に昨日の今日で来てくれた人にお礼を言うのは当然のことだ。
 それをそんな風に言われたくなかった。
 勉強も人並み以上に、運動にいたっては人並み外れて発達したスザクだったが、逆にそういった恋愛のようなことはひどく「おくて」になっていた。好きな人は、と聞かれれば「おかあさん。あ、あと藤堂師匠」などと答えてしまうような子供だった。
 ゆえに真っ赤になって否定していたのだが、そのスザクの体がひょいと持ち上げられた。
「ぅえ・・・・っ?」
 スザクは驚いておかしな声を出してしまう。
 自分を持ち上げた相手が誰かと言えば、当然そこに居たシュナイゼルで。一体急に何をするのだろうかとまじまじとその顔を見てしまうとにっこりと微笑まれて、スザクはそのやたらときれいな顔に見とれてしまう。
 だが、先程神楽耶に言われたことを思い出して、慌てる。
「あ、あの・・・・!俺、降ります。ていうか、なんで俺は持ち上げられて・・・・?」
 どぎまぎと口走ってしまう言葉はもはや意味不明だったが、シュナイゼルはそれににっこりと答える。
「いや、折角姫君に面白いことを言っていただいたからな。いちゃいちゃというのを実践してみようかと」
「え、いちゃ・・・・いえその、なんかそれは、おかしい気が」
「おかしくはないな。それに、今日の目的はこれでもあるし、な」
「は?え、これ?これ、って、だっこ、です、か?」
「だっこ・・・・」
 愉快な単語にシュナイゼルは思わず笑い声をあげてしまう。するとまた足に衝撃がくる。
 小さな少女とはいえ、今度は脛を狙った蹴りに、さすがのシュナイゼルも一瞬息を詰める。
「・・・・人の話を聞いているのかしら?」
「か、神楽耶お前、なんてことを・・・・」



「そんなの認めないわ」
 神楽耶は固い表情で告げる。
 シュナイゼルはスザクを降ろし、今三人は病院の待合室で座っていた。そして先程の話の続きをしていた。
 シュナイゼルの目的とはつまり、スザクを自分のところで引き取る、というものだった。
 一言で切り捨てられたシュナイゼルは、発言者である神楽耶から当事者であるスザクに視線を移す。
 そちらも驚いているようではあるが、それでもその意味を考えているようだった。
「お前はどうだ?」
「――俺、は、そんなあなたに迷惑、掛けられないと思うけど・・・・でも、理由があるのなら聞きたいです」
「スザク!」
 何を言っているの、と神楽耶が責める。行き場所がないなら、うちに来なさい、と。もともと神楽耶はスザクにとって遠縁に当たる。父は分家の枢木だったが、母は本家の人間であり、神楽耶の母親の従妹にあたる。
 だが、スザクはその提案に首を振る。
「本家なんて、もっとダメだ。俺がお前のもとに危険を運ぶなんて、絶対にだめだ」
「だって・・・・でも」
 うちならちゃんとしているし、危なくないじゃない、と呟く声に首を振るのはシュナイゼルだ。
「残念ながらそれはない。必要とあらばどんなことでもする輩は確かに存在する。そして取り仕切っている人間の中には、功を焦ってそういうことをやりそうな人間も居る」
 私が言うのもなんだが、と苦笑する顔には自嘲の色が滲む。
「でも、それならあなたのところでも・・・・」
「私に手を出せる人間など、ブリタニアの中でもほとんど居ないな。父と、父が命じた人間だけだろう」
「・・・・・・・・」
 シュナイゼルの言葉に神楽耶は唇を噛み締めて俯く。
 自分の身分がどれほど高く、崇める人間がどれほどいようとも、所詮こういうことではなんの力も持てない。それが悔しくてならなかった。
「スザク。お前は昨日他の人間に迷惑を掛けたくないと言っていただろう」
「はい。神楽耶や、師匠や・・・・周りの人たちが、俺のせいで怪我をするなんて、いやです」
 スザクははっきりと答える。
「それが理由だ。多少手間は掛かるが、お前が協力するなら、お前の大切な人間を誰も傷つけずに事を穏便に治めることが出来る」
「でも・・・・迷惑じゃ、ないですか?」
「迷惑というほどのものではないだろう。お前がそうして自分で気にしているのなら、尚更だ」
 気にすることはない、とシュナイゼルはスザクに言う。
 だが、見上げてくる瞳にはまだ迷いがあった。呆れるほど生真面目なその顔に、シュナイゼルは苦笑してスザクの手を取る。
「お前は、自分がまだ子供だということをもっとわきまえるべきだな」
「え・・・・?」
「お前は、まだ幼い。こんな小さな手で、一体何を守ろうとしている?そして何が守れる?間違えるな。出来ることはしなければならないが、出来ないことまで無理に行おうとすれば、それはこんな手からでは零れ落ちてしまう」
 分かるな、とその顔を覗き込む。
「は、い」
「幸い、と言っていいのかどうか。お前の周りにはお前を助けてやりたいと思っている人間がいるのだから、頼ればいい。迷惑にならないかと気にするなら、尋ねればいい。本当に迷惑だったら、私はちゃんと断ってやる。そこまでお人よしではないからな。それくらいの価値はお前にはあると思っているから、私はお前に手を差し伸べているのだから」
「価値、ですか?俺に」
「人それぞれだ。例えば、お前は自分の友人が困っていたら、助けるだろう。多少の迷惑くらいどうでもいいと思えるだろう?」
「は、い」
「その程度のことだ」
「・・・・・・・・」
 スザクは唇を噛み締めた。
 そんな簡単なことじゃないと思った。きっと、すごく面倒を掛けるのだろう、と。けれど、これ以上問い返すのはシュナイゼルの好意を無にしてしまうことだと分かっていた。
(違う・・・・俺は、頼りたいんだ)
 この、優しい人に。
 スザクはシュナイゼルを見上げる。
 最初から、何故か優しかった。感じたことがないくらいに安心できる、そんな人だった。何故自分に、と思ったけれど、嬉しかった。
「お前は、泣いてばかりいるな」
 シュナイゼルの手がスザクの頬をなぞる。
 その優しい笑みに、涙が溢れた。
「ありがとう、ございます」
 何度も呟く。
 本当に。本当に、ありがとうございます、と。


「仕方ないから認めてあげますわ」
 神楽耶は、涙を滲ませた瞳でシュナイゼルに宣言した。
 悔しい気持ちと、スザクが流した涙にもらい泣きしてしまったのが半々だった。
「スザクを盗られるのは腹立たしいですけれど、とりあえずあなたのところが一番安全だというのは分かりましたから」
 それに、本当にちゃんとスザクを大切にしてくれそうだから、とそちらは心の中でだけの呟きだ。
「ありがとう、姫君」
「でも、本当にちゃんと守らないと許さないわ。この私から持っていくのだから。守れなかったら、あなたを絶対に許さない」
「――肝に銘じよう」
 シュナイゼルは笑顔を見せる。
 自信に溢れたその顔が神楽耶は心底腹立たしかったが、やはりきれいだと思って眺める。
「スザク、いじめられたらちゃんと言うのよ。じゃなきゃ、逃げてきてもいいから」
「・・・・う、ん。ごめん。それと、ありがとう。神楽耶」
 シュナイゼルさんはそんなことしないと思うよ、と言おうとしたスザクは、神楽耶の涙ぐんだ瞳に出会ってそんなことを口にできなくなる。
 心の底から神楽耶が心配してくれているのは伝わってきた。
 それにありがとう、と心を返す。



「俺、あなたに何か返せるでしょうか」
 スザクは尋ねた。
 その問いに、シュナイゼルは振り返る。真っ直ぐ、真摯に自分を見詰めてくる瞳は、問いかけが本気であることを伝えてくる。
 ただ居るだけでも充分面白そうだ、とは本音だったが、それを口にすることは憚られた。何かしたい、と訴えるスザクの気持ちを無にしてしまうことだからだ。
 ふと、シュナイゼルは良い答えを思いついた。
 その答えを「よい答え」と思ってしまった時点で、この短い間にスザクのことをどれほど気に入ってしまったかを表してしまっていた。だが、それすらも面白いと思った。
 スザクの手を、もう一度持ち上げる。

「この手が、もっといろんなものを持てるようになったとき、お前が何を返せるか考えればいい」

 そのときまで待ってやろう、と。
 これから続く未来を思い描きながら、彼は告げた。



**********
シュナイゼル編1作目というか、導入編というか。なんとか終わりました。
スザクがシュナイゼルに引き取られるところまでで、こんなんなっちゃいました。・・・・相変わらず長い。導入って何?ていう感じですね。これからはもうちょっと短くなると思います。

こんな感じで、とスザクが幸せになれますように、みんながスザクに優しくありますように、という話ばかりです。
これからも自分が楽しくやっていくつもりですが、こんなのもいいなあ、と見ていただけたら幸いです。
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